街を駆け抜ける
髪をなびかす
頬をなでる風が、ふと変わる瞬間がある


突然変わる流れ
風に乗る馨り
肌で感じる温度
触れる感覚


風に乗る全てのものは、忘れかけていた記憶までも
鮮明に呼び戻す


風と共にたなびく記憶を、全て無意識の空に押し出すことができたら
風と共にたなびく記憶を、その全てを受け止める力があったら
どんな風を巻き起こすことができるだろうか



変わりたいと思う自分と
変われない自分との狭間で
今の自分はいつも、押し潰されそうになっている



次の風を待つための
次の風に乗るための
その流れに乗るための
心の準備ができずにいるのは、
その風がまだ、乗るべき風ではないということなのか


その風を待つべきなのか
そんな時間は残されているのか


この感情を包み込める風が欲しい
その風を巻き起こす力が欲しい
その風に乗って、空を舞う勇気が欲しい
信じることのできる強さが欲しい



たったひとつの大切にしたいことを想う気持ちが、全てのものを想う気持ちに変わる時
その時に吹く風が、身を委ねるべき風だと信じたい



全てを包み込める風を吹かせたい


今週末は、未来の会社名を考える時間・・・


いざ、社名を考えるとなると、なかなかどうして難しい!


『簡単な方が良い』

『自分の名前は入れた方が良い』

『事業内容に絡めて、意味を持たせた方が良い』


様々な声を聞きながら、やっぱり最後は、自分の直感に頼りたい。

そうはいっても・・・決まらない。



この2日間、街の看板や、目に入るもの全ての意味や由来を考え出したら

頭が疲れて来てしまった。


辞書も見飽きたし、自分の人生を振り返り、何か重要なワードはなかったか?

と思い返すのにも、辛かった事ばかりが思い出されて、心身ともに何だか

ぐったりしてきてしまった・・・



いざとなれば変えることも出来るし、何年存在するか?

ある意味不確定な社名に対しこんなに悩むのだから、

我が子の名前を考えてきた世の親御さん達のことは、やっぱり尊敬してしまう。



そう考えると、自分の名前は一文字でも良いから入れるべきなのか?



まずは社名を決めなければ、何も前には進まない。

今回ばかりは、自分で決めたDeadlineがあるだけに、時間の逆算を忘れず

スケジュール通りに進めて行きたいと思う。



さて、今から自炊ご飯!

食材の中にも、何かヒントがあるかもしれない・・・。












梅雨の東京を脱出し、週末は実家へ・・・


普段なら家族と行く食後の温泉を、今日は一人で行ってみた。

何気なく通っていた道が途中で解らなくなり、地元だというのに
思わず迷子・・・


実家に電話をし、道案内をしてもらって到着したのは22時を
過ぎていた。


それから大好きなあかすりマッサージと、岩盤浴。
たっぷりと汗をかいて、半ば居眠り運転で無事に帰宅。



皮膚の皮が一枚減り、気持ちよく皮膚呼吸が始まった感覚。
平日に溜まった毒素も抜けた気分で、とにかく頭が軽い。


東京の1/3のコストでこれが体感できるのだから、
田舎はやっぱり魅力的。



明日は早起きだというのに、寝るのがもったいなくて
しばらくはベットでごろごろしていたい。



留学生も少しずつ環境に馴染み、本当に良い子だと

家族全員が驚いている。


彼女が日本語を習得するスピードに感化され、両親が

何か新しいことをはじめるのではないか?と、少しだけ期待している。



生活に刺激。

とは、こういうことを言うのだろうか・・・?


この環境を楽しめてしまうところが、さすが両親!と思いつつ

後ろ髪を惹かれる思いで、明日は帰ることになりそう。



まずは、お茶会をどう乗り切るか・・・!


今日ははとバス初体験。
選んだコースは東京半日コース(5時間)


皇居→浅草→お台場→東京タワー→国会議事堂→東京駅


普段、何気なく通り過ぎている名所だが、思いの外
見所は満載だった。

大好きな浅草を散策することもできて、大満足の時間・・・。



同行したのは、オハイオ州エリー湖の畔から来日した交換留学生。
日本を訪れるのは初めてという18歳の女の子。


長旅の疲れも見せず、デジカメ片手に元気・・・元気!

いったい何メガのメモリを持参したのか?と不思議に思うほど
写真を取り撒くっていた。


手にしていたのは、フジフイルムのデジカメ。
Made in Japan は、オハイオでも健在?



過去に、スペインと香港に短気留学の経験があると言う。
夏休みともなれば、両親は長期バカンスに出掛けるそうで、
その間、子供は様々な国へ短気留学に行くことになるとか・・・


お兄さんでもいれば紹介してもらいたかったが、
残念ながら、14歳の弟さんがひとり。


明日は、早起きをしてお茶会へ・・・

いざ、日本の文化を正しく説明しようとすると、本当に難しい。

英語力の必要性を痛感しつつ、世界は広いことを実感している。


いつか必ず海外に住みたい。
という夢は、最後のゴールとして抱き続けていたい。



さて、どのような滞在期間となるだろうか・・・。

期待半分、不安半分の心境は、決して留学生だけではなく

ホスト側も抱く感情だということを、身を持って体感する日々が

しばらくは続きそうだ。







やっと・・・やっと・・・

ネット環境が整った。


長かった4ヶ月。

よくこんなに我慢が出来た。と自分でも不思議なほど、

ほおっておいてしまった。


昨日は、幼馴染が夫婦で遊びに来てくれた。


お台場まで初めて船で渡り、和食器を買い、帰ってきてからは

鳥つくね鍋を作って食べた。



最近の自炊率は物凄く高くて、週末は決まって作って食べている。

とことん食材に拘っても、外で食べるよりは断然リーズナブルで

大満足。


必然的に選ぶお酒も増えてきて、部屋に在庫が充実していないと

落ち着かない毎日・・・



今週は、木曜日から母が上京し、そのまま実家に帰るので

しばしまったりする時間はお預け状態。


翌週には、様々なことがはっきりとする予定なので、

環境を変えてゆっくりと考える時間を持ちたいと思う。



この何気ない日常を、いつまで続けられるのか?という不安と、

この何気ない日常を、幸せだと思わなければいけないのだろう

と思う感覚の狭間で、

揺れ動く時間は、もうしばらくは耐え凌がなければいけないのだと

あらためて思う週末だった。





長らく修理に出していた時計を、やっと取りに行ける・・・
あれがないと、精神的に落ち着かない。


考え事をする時には、左腕の時計を触るのが癖になっていた。
不思議と冷静な感覚が戻ってくる。


忘れもしない3月13日。
突然止まった針は、愛犬が倒れた時間を指していた。


何かの暗示だったことが30分後に解り、目に見えないメッセージの
存在を確信した瞬間だった。



いずれ全てのものは、世の中から存在を消していく。

その流れの一部に自分が存在したことで、普遍だと勘違いすることは
往々にしてあり得るが、いずれ必ず、全てのモノは消えてなくなる。



”記憶”もその例外ではなく、忘れ去られる”記憶”は時に、
多くの人間の心を傷つけていることに、忘れている本人は気付いていない。


『無情』とも『無責任』とも思えるが、それが『自然』だと思う人が
ほとんどなのかもしれない。


決まって人は、そんな自分を正当化しようと、落とし処を必死に
探そうとする。


そして、決して自分では、何ひとつ決めようとはしない。


そんな世の中で、何を信じて、何を頼りに生きていけば良いのか?
最後に信じることが出来るのは自分自身だけだとしても、
ひとりでは何も出来ないのも事実。


必要だと思う人間を、必要とすることさえ出来ないもどかしさ・・・



全てのモノを失ったとしても、私にとっては最後まで守りたいのが
この時計。


どんなことがあっても、守り続けたい。



引越しをしてからかなりの時間が経つというのに、
未だネット環境を整えていないなんて・・・大問題!


昨日やっと、ADSLから光回線への切り替え依頼をしたところ
ここから更に2週間も時間が掛かるらしい。


どれぐらい早いのか?

だけが、少し楽しみ。


真っ先に手続きすべきことを後回しにしてしまったツケが
ここに来て回ってきてしまった感じ。

使いたい時にネットが使えないお陰で、少しは携帯に詳しくなったことが

せめてもの救い・・・



昨日までの雨模様とは打って変わり、今朝は本当に清々しい空が
広がっていた。

目覚ましを掛けずに起きなくても良い朝は、本当に久し振り・・・

身体も疲れ切っていたせいか?
珍しくお昼過ぎまで起き上がることができず、夕方になってやっと
活動開始。


思い出してみると、やるべきことが沢山あった。


たまにはのんびりと休日を過ごそうかなぁ~?と思う日に限って、
必ず何かしらの災いが降りかかるもの。

時間のゆとりに反比例して、安らぐ時間はなかなか確保できない。

神様は、そう簡単には楽をすることを許してはくれない・・・。
ということだろうか?



所詮自分ひとりの存在などちっぽけで、
守りたいもののひとつも守ることができず、
この先の道さえ、何ら指南することができない。


今までいったい、何を必死にやってきたのか?と思ってしまう。


この突き上げられるような悔しさは、必ずエネルギーに
変えたいし、何となくこれも”必然”だったのか?

と感じている。

今日は珍しく何も予定の無い休日・・・


何を思い立ったか?
早起きをし、近所を1時間ほどジョギングをした。

心臓よりも先に足に限界が来て、途中からはウォーキング。

早い時間から活動している人は思いのほか多く、
目に入る風景が、いち場面毎に切り取られたスライドのようで、
清々しい風景だった。


少し前から、
『素振りをするならこの場所!』

と目を付けていた場所で、今朝はどちら様か?がクラブを振っていた。

先を越された・・・
一緒に振るのは恥ずかしいので、夜にこっそり行こうと思う。


お昼はのんびりお風呂に入り、夕方からは悲鳴を上げだした
身体のメンテナンス。


カイロで身体を矯正してもらい、ふらふらになりながらやっと帰宅。
往復ともまじめに電車で移動をしたら、余計に足がぱんぱんに
なってしまった。

この怠惰な生活は、本当に見直さなければ・・・と思う。


急に血の廻りがよくなりぐったりしてしまったので、
少し横になってからクリーニングと夕食の買出しに出掛けよう。



今日は何を作ろうかな・・・

引越しをしてからの自炊率は、恐るべし30%。
愛用の電子レンジが弟の手に渡ってしまったので、
しばらくは、茹でる&グリル&温める。の作業が出来ない。



質素に白米を炊き、煮物でも作ろうかな・・・。


最近は、些細なことにきちんと幸せを感じられている。

自分にとっては、これが”普通”ではないだけに、少しだけ不安だったり

そわそわしたり、これで良いのか?とも思ってしまうが、

今は、とにかく流れに逆らわずに時を待とうと思っている。


ブログの書き込みも久々だが、映画を観たのも久し振り。


前々から勧められていた「マイ・ブルーベリー・ナイツ」を、
ようやく観る事ができた。


失恋の痛手から、自分探しの旅に出掛け、赴く土地で様々な人の
”人生”に触れる主人公。

その過程で、自分を見付けていく様を描いた作品。


ノラジョーンズとジュードローが織り成すまったりとした独特の世界観と
豪華キャストが演じる尖がった世界との触れ幅が、自分の心の揺らぎを
表現してくれているかのようで、思わず映画の中に入り込んでしまった。



日頃から、何かを考え、悩み、傷みを伴う経験をしてきた人には
深く刺さる作品だと思う。


おそらく、そうではない人には、この映画のメッセージは
全く伝わらないはず・・・



目の前にある幸せと向き合い、その価値に気付くためには
自分自身は今、何をしなければいけないのか?

ということを考えさせられる作品だった。


時折飛び込んでくるメッセージが非常に重く、
その後の”間”が、余計に自分の人生とのリンクを促してくる。


人との対比で、自分の”現在”を客観視することはしばしばある。
でも、人と比べたところで何も満たされない気持ちはいったい
どこから来るのか?


何があったら、満たされるのか?
自分はどうしたいのか?


そんなことを常々考えているが、おそらく、
満たされない心の隙間が夢を描く原動力をくれるのだと思っている。

現状に満足している人は、夢を抱かないのではなく、描けないのとは

間逆にある感覚。



いつかは必ず、その日が来ると信じているし、
今は何となく、迷わず行動できる日が来るような気もしている。


目まぐるしく過ぎる日常の中で、”小休止”を与えてくれる時間でした。



しばらくネット環境が断裂しており、なかなかブログが書けないことが

頭のどこかで引っかかっていた3週間・・・


振り返ってみると、様々な変化が起きたことにあらためて気付く日曜日。



2週間前は、愛犬の葬儀で急遽帰郷。

11年間の楽しい生活は、あまりにも大きな傷跡を
両親の心に刻んだ様子・・・。


家に着くと、まるで寝顔のように綺麗な表情で、
今にも起き上がりそうに眠っている。

ご近所の方や、親しくしていた方々が次から次へと
お花を持って来てくださり、涙の絶えない見送りだった。

特にこちらからお知らせした訳ではないのだが、
生前、どれだけ可愛がって貰っていたのか?がうかがえる
お花の量だった。


人間と何ら変わらない葬儀で送り出し、骨を拾い、
49日までは部屋の祭壇で供養することに・・・。

動物用の墓地も一般化してきたようだが、我が家の場合は
庭先にお墓を作ることにした。

やはり、遠くにお墓があるのは淋しい。
との理由から・・・

姉の字で名前を彫り、顔写真を墓石に刻んでもらう予定。


否応なしに、次から次へとやるべきことが降ってきて、
悲しみも自然と癒えるようになっているのだろうか・・・


犬が引き寄せてくれた家族の”輪”
生きていることの価値を再認識させてくれた”死”

しばらくは両親のケアが続きそうだが、
淋しさを越える時間を過ごして貰いたいと思っている。


最近は、実家に電話することも増え、様子を伺う毎日。

4月の帰省は難しいため、早めにGWの予定を決めようと思っている。