おはようございます!
DDです。
五月という季節柄か最近、
「やる気が出ないな」と感じることが増えていました。
別に、諦めたわけじゃないし理想が消えたわけでもない。
トレードも、勉強も、積み上げも、本当はちゃんと前に進めたいと思っている。なのに気づくと、惰性で時間を消費していることが多いんですよね。
「今日はいいか」
「なんか気分が乗らないな」
「また明日でいいか」
こんなふうに…
この感覚自体は、たぶん珍しくないと思うんですよ。
特にトレーダーみたいに、結果が数字で返ってくることをやっていると、なおさらじゃないですか。
勝てば気分は上がるし、負ければ一気に視界が曇る。
検証も学習も大事だと分かっているのに、負けが続いた時や、成長の実感が持てない時って、急に全部が無意味に見えることがある。
そういう時、つい「モチベーションが下がった」と言いたくなるんですよね。
でも最近、妙に腑に落ちた話がありました。
それが、「テンションとモチベーションは違う」という話です。
テンションは、その場の感情の高まりです。
勢い、高揚感、盛り上がり。
誰かの熱い言葉を聞いたあとや、良い結果が出たあとに、一時的に「よし、やるぞ」となる、あの感覚ですね。
あれは確かに力になる。
でも同時に、波でもあるんですよね。
上がる時は一気に上がるし、その反動で下がる。
だからテンションだけを燃料にしていると、勢いが切れた瞬間に止まりやすい。
一方でモチベーションは、「何のためにやるのか」という動機に近い。
『気分』ではなく、『理由』の方なんですよね。
この違いって、思っている以上に大きいと思うんですよ。
テンションは着火剤にはなる。
でも、着火剤だけで走り続けることはできないじゃないですか?
何かを続けるには、その奥にある理由が要る。
・なぜこれをやるのか。
・なぜ今の面倒や不快を引き受けるのか。
その問いに対する自分なりの答えがないと、人はすぐに「今日はいいか」に流れてしまう。
そして、個人的にかなり刺さったのが、
「モチベーションは“下がる”のではなく、“忘れる”もの」
という言葉でした。
これ、かなり本質的だと思ったんです。
やる気がなくなったんじゃない。
壊れたわけでも、才能が尽きたわけでもない。
そうじゃなくて、ただ忘れていただけなのかもしれない。
「そもそも自分は何のためにこれを始めたんだっけ?」、と。
僕の場合、結構根っこははっきりしていて、
自由になりたかったんですよね。お金だけじゃなく、精神的にも。
理不尽に振り回される感じとか、将来への漠然とした不安とか、「このままでいいのか」という鈍い圧迫感とか。
そういうものから距離を取りたかった。もっと実力をつけて、自分の意思で選べる人生に近づきたかった。
トレードを頑張ろうと思ったのも、結局そこだった気がします。
別に、派手に成功したいわけじゃないんです。
誰かに見せつけたいわけでもないし、毎日刺激的でなくていい。
ただ、自分を嫌いにならなくて済む生き方をしたい。
自分の人生くらい、自分で守れる状態に近づきたい。それだけなんですよね。
でも人って、忙しさとか疲れとか、目の前の小さな快楽にかなり簡単に飲まれるじゃないですか?
気づけば未来ではなく、「今ラクかどうか」でしか判断しなくなる。
今日しんどいからやらない。
面倒だから先送りする。
気分が乗らないから棚上げする。
そうやっているうちに、惰性が普通になっていくわけです。
これって、かなり怖いことだと思うんですよね。
テンションが落ちること自体は普通です。
人間なんだから波があるのは当たり前のこと。
問題は、波があることではなく、その状態を放置しているうちに、
「自分がどこへ行きたかったのか」まで見失うことなんですよね。
止まること自体より、止まっていることに鈍くなる方がずっと危ない。
トレードでも似たようなことがあると思うんです。
一回の負けは致命傷じゃない。
でも、負けたあとにルールを見失うこと、検証をやめること、感情のまま触ること、それが積み重なるとじわじわ崩れる。
人生のモチベーションも、少し似ている気がします。
大きく壊れるというより、静かにズレていく。自分でも気づかないくらい自然に、理想から遠ざかっていく。
だから最近は、やる気を上げようとするより、理想の未来を思い出すことの方が大事なんじゃないかと思っています。
こうなりたい、という状態を、できるだけ具体的に持っておく。
たとえば、
・経済的不安に毎日神経を削られなくて済む状態。
・感情で無駄なトレードをしなくなるくらい、落ち着いて相場を見られる状態。
・自分の積み上げた実力で、静かに生活を安定させられる状態。
・誰かに依存しなくても、自分の判断で日々を組み立てられる状態。
こういう未来って、すごく特別なものではないと思うんです。
むしろ、多くの人が本当は求めているものじゃないですか。
豪華さより、盤石さ。
派手さより、安心感。
いつ崩れるか分からない熱狂より、静かで強い安定。
そういう未来をちゃんと想像すると、不思議と感覚が戻ってくることがあるんですよね。
「お前やる気出ないとか言ってる場合と違うやろ」と。
もちろん、それで毎日完璧に動けるわけではないです。
ダラける日もあるし、逃げたい日もある。
検証したくない日だってある。
気分が乗らない日をゼロにはできない。
たぶん、そこは受け入れるしかないんだと思います。
ただ、理想を思い出す回数が増えると、惰性のまま無駄に時間を捨てることに違和感が出てくるんですよね。
「何となくやる気がしない」みたいな軽い気持ちで流せなくなって、自分の中で、「それは本当に行きたい方向なのか」と問いが立つようになってきます。
その違和感が持てるって、かなり大事だと思うんです。
人は派手な決意より、地味な違和感の方で変わることがありますからね。
あと、個人的に意識しているのは、「この経験は未来につながっているか」を考えることです。
トレードって特に、「これ意味あるのかな」と思いやすいですよね。
検証してもすぐ結果が出るわけじゃない。
むしろ負ける。
遠回りしている感じがする。
報われている実感が持てない。
そうなると、人は簡単に今の努力を無価値だと判断してしまう。
でも、そこで全部を無意味扱いすると、本当に折れると思うんです。
失敗は痛いです。悔しいし、落ち込みます。
できれば味わいたくない。
けれど、反省して、修正して、次に繋げようとしている時点で、それはただの損失ではないはずなんですよね。
少なくとも、「同じ場所でまた転ぶ確率を減らした」という意味では、未来に対して確実に何かを残しているわけですよ。
逆に一番危ないのは、失敗そのものより、「もういいや」と思考停止してしまうことかもしれません。
考えるのをやめる。
見直すのをやめる。
理想を思い出すのをやめる。
そこに入ると、人は急には壊れない代わりに、静かに鈍っていく。たぶん、それがいちばん避けたい状態なんですよね。
モチベーションを忘れるというのは、結局、理想を忘れることなんだと思います。
・何のために始めたのか。
・どこへ行きたかったのか。
・どんな自分になりたかったのか。
それを見失った時、人は静かに止まり始める。
だから、もし今「やる気が出ない」と感じているなら、別に無理にテンションを上げようとしなくてもいいのかもしれませんよね。
熱くなれない自分を責めるより先に、
「本当はどうなりたかったんだっけ」と問い直してみる。
その方が、ずっと誠実だと思うんですよ。
そう考えるとモチベーションって、どこかから新しく仕入れるものじゃなくて、忙しさや惰性の中で見失ったものを、もう一度拾い直す感覚に近いのかもしれませんよね。
もしそうなら、必要なのは気分の演出ではなく、原点に戻る時間なんでしょうね。
初心にかえって、自分が本当になりたかったものを確認すること。
自分が本当に欲しかった未来を、もう一度、言葉にしてみること。
そういう小さな確認を繰り返していけば、少しづつでも、進む方向はたぶんまた定まっていくと思うんですよね。
そしてその先には、気分に振り回される日々ではなく、少しずつ自分で自分を信頼できる毎日があるんじゃないか。
そんなことを、最近はよく思います。
読者の皆様も日々過ごされる中で色々あると思いますが、派手なやる気は必要ありません。
大事なのは、静かな違和感を無視しないこと。
そして、自分がどこへ向かいたいのかを、何度でも自分に教えてあげることです。
その小さな積み重ねが、きっといつか自分を救う大きな力になります。
焦らず、でも止まらずに、自分のための未来を一緒に作っていきましょう。
今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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