「大河ドラマ「八重の桜」はウソの塊①」
「八重の桜」の第一回が放送された。娯楽番組としては美女イケメン揃いで「平清盛」のように画面も汚らしくないから楽しめる。
もとより現在の大河ドラマに史実を期待するのは無理なのは分かっているし、会津ものだから「会津観光史学」と冷やかされている悪質な捏造史観満載になると最初からわかりきっているので諦めているが、折に触れてあまりにも変なところは指摘していきたいと思う。初回で藩校日新館に「藩士の子は全員学ぶことになっていた」とかナレーションがあっ...た。しかし、日新館で学べたのは上級武士の子だけです。義務化されたのは幕末に近くなってからで、それによって、中級武士以下の子弟も少し学べていたのに排除されました。
また、「ならぬことはならぬのです」という教育方針が良いことのように扱われていましたが、つまり子供に何かをするべきだ、してはならないというときに理由を説明すべきでない。理由を聞かれてもいうなという教育論で、いわゆる保守派の一部からから熱烈に支持されている哲学です。もちろん体育会的な鉄拳制裁の肯定も含みます。会津では年長者がこいつが悪いと決めたら周りをみんなで囲んでリンチのようなことをする習慣も什という組織で肯定されていました。これを一年かけてNHKが宣伝することを私はとんでもないことだと思っています。(以上FBより引用。参考文献:八幡和郎著「会津の悲劇」に異議あり【日本一のサムライたちはなぜ自滅したのか】 (晋遊舎新書 S12) [新書]



という著名評論家のコメントを見て、いつも東北で感じる「違和感」を鋭く解説していたので、「東北封建主義」の問題点をもっと理解し、「龍馬的思考」に変える為のヒントを得ようと急遽会津に向かった。


価値相対的に見て、日本も戦後、外部要因に対応して発想を変えたからこそ高度成長を成し遂げた。



復興は国策であり、東北だけの問題ではないと言うなら、国内での東北の位置付けを客観的に認識し、震災という外部要因に対応して 旧来の封建的な価値「内向き思考」から「門戸開放」型の龍馬的思考に発想を変えることが肝要。



「門戸開放」は100年前からの東北大学の理念。すなわち、地域の課題が100年以上積み残しになっていることも示唆している。


若い世代が旧来のしがらみに囚われず、一人一人がフロンティア精神を意識して啓いていこう。



過疎化は閉鎖性が生んだ問題でもあると客観的にいえるのではないか。



多様な価値観を持ち寄って生きられる場所に変えなければ、人口減を喰いとめることはできないし、活力も生まれない。



オリンピックは「多様性」を尊重する場に「生まれかわる」ための象徴でもあるので、この地に縁がある限り、今後とも希求していくhttp://youtu.be/rtbdr7DY9-0