個人の尊厳、誇りについて再考する良いきっかけになった。
先日のW氏のように数時間に渡るオレへの単なる誹謗中傷に対しては人権的な観点から徹底的に誇りを懸けて戦わなアカンと再認識。
決して許される行為ではない。
売られた喧嘩には誇りと尊厳を懸けて戦う。
それを良いことのように真似する奴に対してはこの基準に則り主張し、小学校の時習った手法でワシが人権教育をしていく。
その場合には、よくジェンダー関連で引用されるアメリカの人権法や東北大学の理念がポイントになる。
弱い者の味方になりたいから公務員になると言う人がいる。
ファッションで言っているだけのように見受けられる。
今の生活の中で本当に弱者の味方か?
付き合いから弱者を「分別」していないか?
今友達との付き合いがあるからそれが出来ないという輩で公務員になったらそれが出来ると言うのは大間違い。
むしろ公務員の方がしがらみの中で弱者の味方にはなれない。
本当にそう考えるのであれば、キリストではないが隣人を愛せないで弱者の味方はできないやろな。
東北での人権教育は内向き社会を改め多様性を尊重する社会に変え、イノベーションを起こすためにも不可欠な要素だと確信する。
でなければ、いくら「関西起業塾」をやっても、イノベーションの考えが根付かない。
これはオレに課された使命かもしれない。