とてもお久しぶりです。普段は、ツイッターにいます。

春の気配です♪この時期は、新しいことのスタートですね。何かを始めるには良いタイミングだと思います。

              「いつやるか、今でしょ」
耳触りのいいフレーズだ。

さて、今回は「人間関係で悩む」について言いたい。人はよく人間関係で悩んでると言い、友人に相談という名目の愚痴会を行う。しかし、人が悩む全ての事柄を分析し突き詰めたら悩みの根本は「人間」関係しかないだろ!と言いたい。

人間関係で悩んでると言う多くの人に共通するのは、「自分の行動の動機を他人に委ねている」状態で日々を過ごしていること。いや、自分の行動は自分が決めているぞ、と言い張る人もちょっと考えて欲しい。本当にそうだと言い切れるだろうか。自分で何でも決断できる人は人間関係で悩まないだろう。自分の行動のきっかけが自分発信だから、当然その結果も自分の責任だと理解しているから。

「自分の行動を他人に委ねている」状態の人は、会話の主語が第三者になっている。

「あの人がどうしたから」「あいつがああ言ったから」

そして、最後は「だから私は悪くない」と帰結する。

こういう人は「自分」の操縦桿は自分が握っているはずだと思っているけど、じつは他人に任せてしまっている。それが楽チンだから。でも、本人は自覚がない。


「自立している女性はかっこいい」

経済的にという面もそうですが、精神的に自立している女性は輝いている。僕の勝手なイメージではありますが、その象徴がモデルの富永愛さんです。彼女は綺麗だし、カッコイイ!


自立って何だろう?学生のころは、とにかく早く大人になりたかった。お金を稼いで自分の身の回りのことは自分でまかないたかった。たとえ身内だろうと、衣食住の世話をしてもらうことが苦痛だった。働いて経済的に独立することが自立と考えていたし、それで間違いではないと思う。しかし、何かが足りない。自立した女性を見てカッコイイと思うのは、単に経済的に独立しているからではないのは確かだ。



とどのつまり、「自律しているか」だと思う。己を律しているかどうか。自分の行動の選択の動機や行動の結果を他人のせいにしない、言い訳や逃げの口実を用意しない、人生は誰かじゃなく自分が開拓する、といったことを本能や経験により実生活の行動規範としているかどうかだ。他人のせいにしないということは口でいうほど簡単じゃないし、責任転嫁だけでなく自分の幸せも自分の行動によってであると理解しているかどうか。


自分の幸せは自分で掴むものというフレーズを見聞きするが、具体的にどうするかは簡単で、「他人のせいにしなければいい」し「幸せはやってくるものじゃないと知る」ことが前提。きっと、カッコイイ女性も「自律」しているんだと思う。


「自律」できるようにするにはどうするか?これはある意味で、命とは?愛とは?という命題と同じくらい人類の永遠のテーマではないかと思う。答えっぽいことを言った哲学者や偉人は多いと思うけど、即効性のある方法なんて確立されてないと思う。しかし、ちょっとした心がけで自分の思考法を変えられる。
1、言い訳、逃げの口実を作らない

2、他人の悪口を言わない、自分を否定しない、愚痴仲間からの離脱

3、簡単な毎日の目標を立て実践する

4、幸せを願う(自分が幸せと思わなきゃ周りの大切な人が不幸だと考える)

5、謙虚な姿勢、学ぶ

と、これくらいが思いついたことで、僕自身も意識して生活しています。自分は自分で理想の自分を築くしかないのだ。
いきなりですが今回はダイエットについてです。というのも、また太り始めてきて「あの頃にはもどりたくない」という危機感が・・・元の体重に戻りもう太らないだろうとタカをくくっていたが、体は自分の心のおもむくまま反映される。

僕は、はやりののダイエット法やこれを食べ続けたら痩せるというものを、あまり信用していない。というのは、そういうものを取り入れたり何かを購買して痩せたわけではないからだ。それに、確実に痩せるダイエット法なんぞ確立してはいけないと思う。そんなものが完成したら、不摂生な生活を奨励するのと同じだと思うからだ。「これがあるから安心♪」となって、暴飲暴食をしてしまったら、それこそダイエットをテーマにした商売のいいカモになってしまう。痩せることに大金をかけ、アフター5のプライベートな時間をジム通いに費やし、痩せると聞いた食べ物そればかり食べ続ける。それが「ダイエット」というものでそれを楽しんでいるのなら文句は言わないが、そうした結果痩せないのなら意味がないと断じたい。痩せたかったのか、時流に乗って「ダイエット」をしてることでまんぞくなのか?

痩せるにはどうしたらいいんだろう?当時75キロをこえますます太っていた僕は、元の体重に戻したいとダイエットを決意した。でもジムに通ってコーチングしてもらうことも面倒で、それにそもそも腰をいため左足が軽度の麻痺と神経痛で運動はできず、ドクターストップにより働きにもでれない状況だったのでお金もない。だから、お金をかけず痩せるしかなかった。

そこで、発想の転換をした。「痩せる」んじゃなく「太らない」ようにしようと考えた。太らなければ、最低現状維持ができる。なので、痩せる方法を考えたり見つけるのではなく、太らない方法はないか考えた。言葉遊びかもしれないが、太らない方法は「太った原因」の反対をすればいいと思い立った。そして、なぜ太ったかを今までの生活を振り返り客観視して見つめ直した。

「太った原因」を見つけだし、それをやめると自然と太らなくなる。体重の増加傾向が頭打ちになる。当然だが、「太った原因」をやめるということは例えば甘いものや脂肪分、カロリーの高いものを食べないようにするということだ。自分の好物を断つということは簡単ではない。でも、それが太らないようにするための最低条件だ。

ここで考えてもらいたいことは、「あなたは(自分は)なぜ食べるのか」です。生きるために食べるのなら、砂糖をたっぷりと使ったお菓子はいらないはずです。「生きるため」以外にもっと、精神状態に由来する理由があるはずです。日頃のイライラ、ストレスの発散方法として「頑張っている自分にご褒美♪」と「生きるため」には過剰な栄養やカロリーを摂ってしまう。だから、太る。確かに直接の原因は食べ物にあるが、根本的にはそれを食べようとする理由をこじつけて甘えている自分自身の弱い心が「太った原因」です。

「太った原因」が自分自身にあるのなら自分の考え方を変えるしかない。食べることに逃げるのではなく、ストレスの原因を改善しよう。ストレスの発散法を見つけるよりストレスをストレスと感じない強い精神を養おうと考えた。ではどうするか?それは「我慢」しかない。痩せるために好きな食べ物を一切食べないと誓う。これに尽きる。というか、食べて痩せるなんてありえない。質量保存の法則とかいろいろな万物の法則に反する。一時的には痩せるかもしれないがリバウンドするはずだ。何かを得たいなら何か代償を払うべきだ。これも欲しいしあれも欲しいじゃどちらも失うことになる。
「我慢」ほど心を鍛えられる方法はないと思う。欲求を解消するために、欲望のおもむくままに行動していたら動物と変わらない。理性を働かせる強い心を養うには「我慢」が一番だし、理性が働かないということは自分を律することもできない。そして、ダイエットで言うなら自分が健康でいられる最低限の食べ物を摂る、ストレスのはけ口として暴飲暴食をしない自分になれる。理性的な食事ができれば太らない体質ができてリバウンドもない。
「自分」が変わらないで外見ばかり変えようとするのは滑稽でしかない。代償を払わず得るものはない。そのことにいつ気がつくのか?ダイエット中か、ダイエット前か、気がつかないままか・・・。痩せる方法を見つけるより太らない方法を確立する方が長い目で見たら、経済的にもお得♪太らない方法は痩せる方法(ダイエット)と違って自分で見つけるしかない。