久しぶりにブログを書く。ブログって言うより、日々思うことを綴るだけだが。<br /><br />僕は型にはまることが嫌だ。他人から、君ってこうだよねって言われるとその真逆をしたくなる。だから、キャラクターという言葉に嫌悪感を覚える。キャラじゃないよね、とか自分のキャラ考えろよとか、そんなワードは僕の怒りエンジンのガソリンにしかならない。<br />なぜあなたの思いのままの自分でなきゃいけないの?って思う。そして、もっと腹立つのが、自分のキャラじゃないからって思って諦めてしまうこと!なんじゃそりゃ!!!そんなんじゃ一生変われない、成長しない!他人が容認する自分のキャラに甘えるな!<br /><br /><br /><br />「好き」について<br />僕は物欲がないと、よく指摘される。確かに、物に執着がないせいかお金はもっぱら食料に費やす。物は、所詮墓場まで持っては行けないので、生きていくのに必要なものだけを身の回りに置いている。だから、何かを収集する趣味は無い。諸行無常なのだから。<br />執着心が恐い。執着すると、広い視野や柔軟性がなくなり、思考が止まってしまう気がする。だからか、好きという感情も執着に繋がる気がするので、「好き」という感情を己に見いだすと冷静になってしまう。食べ物、ファッション、<br />音楽、車、映画などの嗜好はある。でも、例えば、この食べ物が好きだから食べるんじゃなくて食べることが好きってなると、執着につながってそれしか考えなくなりそうだから恐い。執着は、その行動が本当に自分の意思なのかどうかわからなくなる。だから、商売は人の執着心につけこむ。嗜好品やアイドルなんかは特に。<br />好きな内は良いけど、執着になってしまったらどうしようもない。<br />執着を無くすと身も心も軽くなる。能動的に生きるのか、受動的に生きるのか、<br />選択するのは自分だ。そのこと自体に気づけたらだが…<br /><br /><br />Android携帯からの投稿
ちょっと筆休め♪僕は、執筆をする際ほぼ紙と鉛筆を使う。その方が、本当に物語が真っ白の紙の上に浮かび上がり、自動筆記の如く筆が進むからだ。紙とペンで、宇宙の興りを探索する学問のそれに近いと自分を鼓舞する。タイプ能力は…
唐突だが、僕は小島秀夫監督を尊敬している。中学時代に出会った「メタルギアソリッド」シリーズは1、2、3、4とオプス、PW、3のサブスタンス、1のVR訓練のやつまでやりこんだ!敵と闘わず、密かに潜入し目的を果たす。このコンセプトは、かくれんぼや大人にこっそりといたずらを仕掛けることが大好きだった僕にとって、はまらないはずがなかった。
僕はゲームに限らず全ての創作物から強いメッセージを感じないと飽きてしまうたちだ。このメタルギアサーガは、僕の理解力では追い付けないほどの強烈なメッセージを発信している。種としての人間の現実と理想、個としての人物の有り様、生き方、死に様、社会、イデオロギー、権力、愛、命…。主人公のソリッドスネークというフィルターを介して覗くメタルギアの世界は、決してフィクションに留まらない力を持つ。小島監督が、我々の住むこの現実世界も一歩違えたらこうなっていた、でもソリッドスネークが救ってくれたんだ、というシミュレーションを見せられた錯覚に陥る。
かといってお高くとまらない作風は、たまらずファンの心をくすぐる。シリアスの中に笑い(ユーモアという洋な感覚ではない)が散りばめられている。そのバランス感覚が凄い!
リアリティーの追及には頭が下がる。経験したことがないことは作れないというモチベーションは、共感するし小島監督のファンとしてはそうあって欲しい!
あくまでも僕個人の解釈だが、メタルギアサーガは、戦争を通じて「生きる」ことの意味、意義を問題提起している。戦争の爪痕すら知らない僕たちの世代に、逆説的に命の儚さ、尊さを説いている。
メタルギアサーガは4を持って終演した。スネークをもう操作できない悲しみはあるが、もう次は無いだろう。それはビッグボスからの物語をしっかり把握すれば自ずと悟る。
小島監督の新たな物語に強く期待する。今度は、別の視点、角度から人間を描き出して欲しい。戦争も暴力もなく、医療すらも必要としなくなった超高度科学の未来に生きる人間ってどうなってしまうんだろう…
そして、新たな英雄の出現を待っています!
Android携帯からの投稿
唐突だが、僕は小島秀夫監督を尊敬している。中学時代に出会った「メタルギアソリッド」シリーズは1、2、3、4とオプス、PW、3のサブスタンス、1のVR訓練のやつまでやりこんだ!敵と闘わず、密かに潜入し目的を果たす。このコンセプトは、かくれんぼや大人にこっそりといたずらを仕掛けることが大好きだった僕にとって、はまらないはずがなかった。
僕はゲームに限らず全ての創作物から強いメッセージを感じないと飽きてしまうたちだ。このメタルギアサーガは、僕の理解力では追い付けないほどの強烈なメッセージを発信している。種としての人間の現実と理想、個としての人物の有り様、生き方、死に様、社会、イデオロギー、権力、愛、命…。主人公のソリッドスネークというフィルターを介して覗くメタルギアの世界は、決してフィクションに留まらない力を持つ。小島監督が、我々の住むこの現実世界も一歩違えたらこうなっていた、でもソリッドスネークが救ってくれたんだ、というシミュレーションを見せられた錯覚に陥る。
かといってお高くとまらない作風は、たまらずファンの心をくすぐる。シリアスの中に笑い(ユーモアという洋な感覚ではない)が散りばめられている。そのバランス感覚が凄い!
リアリティーの追及には頭が下がる。経験したことがないことは作れないというモチベーションは、共感するし小島監督のファンとしてはそうあって欲しい!
あくまでも僕個人の解釈だが、メタルギアサーガは、戦争を通じて「生きる」ことの意味、意義を問題提起している。戦争の爪痕すら知らない僕たちの世代に、逆説的に命の儚さ、尊さを説いている。
メタルギアサーガは4を持って終演した。スネークをもう操作できない悲しみはあるが、もう次は無いだろう。それはビッグボスからの物語をしっかり把握すれば自ずと悟る。
小島監督の新たな物語に強く期待する。今度は、別の視点、角度から人間を描き出して欲しい。戦争も暴力もなく、医療すらも必要としなくなった超高度科学の未来に生きる人間ってどうなってしまうんだろう…
そして、新たな英雄の出現を待っています!
Android携帯からの投稿
「なぜ?」
思えば小さい頃はなぜなぜ少年で、大人からは面倒くさがられていた。気になることは聞かなきゃ気がすまない。
その性質は、今も変わらない。でも、自分で調べて解決する。大概のことはネットサーフィンにちょっと乗れば解決できる。それで、僕の知的好奇心は満足する。
しかし、調査しただけでは解決しないこともある。そうすると、自問自答のラビリンスの旅の時間となる。そういった問題は、人ってどうしてそうなの?とか、心理的なことだったりする。ラビリンスの探究は、時に触れたくなかったり、気付きたくない事実に出会うこともある。でも、それも含めて自分だと受け入れられれば、肥やしになる。
「なぜ?」は、大切な感覚だと考える。疑問を持たなきゃ、ただ状況や体勢に流される漂流人間になってしまう。
Android携帯からの投稿
思えば小さい頃はなぜなぜ少年で、大人からは面倒くさがられていた。気になることは聞かなきゃ気がすまない。
その性質は、今も変わらない。でも、自分で調べて解決する。大概のことはネットサーフィンにちょっと乗れば解決できる。それで、僕の知的好奇心は満足する。
しかし、調査しただけでは解決しないこともある。そうすると、自問自答のラビリンスの旅の時間となる。そういった問題は、人ってどうしてそうなの?とか、心理的なことだったりする。ラビリンスの探究は、時に触れたくなかったり、気付きたくない事実に出会うこともある。でも、それも含めて自分だと受け入れられれば、肥やしになる。
「なぜ?」は、大切な感覚だと考える。疑問を持たなきゃ、ただ状況や体勢に流される漂流人間になってしまう。
Android携帯からの投稿