人見知りで恥ずかしがりな僕が、なぜか対人の仕事をすることが好きだ。自分自身が不得手と思っていることが、案外仕事としたら向いているのかもしれない。結局、世の中の仕事は人と関係を持つことから逃れられない。人間が完全に単独では生きてはいけないことを、ひしひしと実感する。
本来、僕は孤独は平気だし好きだ。一人で居る時間は有益だし、言葉を使ってコミュニケーションを取らなければならない億劫さもない。一人で居れば、他人にあれこれと「期待」しては裏切られて余計な傷を負うこともない。
僕を知らない人物がこれを読めば、引きこもりの言い訳に聞こえるかもしれないし、引きこもりの経験は無い。だが、対人関係に一度でも本気で悩んだことがあるのならば、他者の踏み込む余地の無い完璧な自分の世界に逃げ込みたくなる気持ちが理解して頂けるはずだ。少なからず、誰もが社会生活を維持するためにも、己だけが理解している精神的な安息場があるはずだ。
しかし、逃げ道ばかり丹念に準備ばかりしてはいられないのも事実。人が人と関わり営みを維持するために、対人関係を円滑に築き保てる能力を、自然と身に付けようとする。職場の同僚や上司、ご近所さん、友人、家族、恋人、たくさんの自分の世界を構築する人々とうまく折衝していかなければいきてはいけない。
特に、1日のなかでも過ごす時間が長い職場では、仲間同士良い雰囲気で過ごしやすく、呼吸が楽な環境で仕事がしたい。でも、うまくいかない。そんな時は、自分がその仕事に、職場に、仲間に、何を「期待」しているのかを見つめ直すと、自分が本来すべきことが明確になり、本筋と違う部分で頭を悩ませていることに気がつく。必要以上に「期待」を抱かなければ、その期待がかなわなかった時に傷を負わず、また負ったとしても鼻で笑える程度で済む。過度の「期待」は、他者に対する甘えであり、依存であり身勝手なわがままだ。何事も自分の意のままにはならない。そのことを、本質から理解できれば、人間関係の悩みに対する考え方が大きく変わるはずだ。
あの人は、私を裏切らないし悪口や罵倒したり、冷たい態度は取らないし、ずっと仲間で居てくれるはず、という「期待」は、人と付き合う上で障害にしかならない。人が人と関わり合う中で摩擦が全く起きないはずがない。ぶつかり、磨きあって精神的な成長が得られるのだから、最初からそんな「期待」を抱いていたら、その自分の身勝手な偏見の認識に捕らわれたまま人と付き合い、その「期待」に裏切られて傷を負う悪循環に陥る。リスクを恐れて得るものは無いのだから。自分と他者の持つ価値観の違いを受け入れ、理解する努力、自分と他者双方から問題点を捉え分析する努力が必要と考える。
「今」の自分と向き合う静かな独りの時間は大切だと強く実感している。
Android携帯からの投稿
本来、僕は孤独は平気だし好きだ。一人で居る時間は有益だし、言葉を使ってコミュニケーションを取らなければならない億劫さもない。一人で居れば、他人にあれこれと「期待」しては裏切られて余計な傷を負うこともない。
僕を知らない人物がこれを読めば、引きこもりの言い訳に聞こえるかもしれないし、引きこもりの経験は無い。だが、対人関係に一度でも本気で悩んだことがあるのならば、他者の踏み込む余地の無い完璧な自分の世界に逃げ込みたくなる気持ちが理解して頂けるはずだ。少なからず、誰もが社会生活を維持するためにも、己だけが理解している精神的な安息場があるはずだ。
しかし、逃げ道ばかり丹念に準備ばかりしてはいられないのも事実。人が人と関わり営みを維持するために、対人関係を円滑に築き保てる能力を、自然と身に付けようとする。職場の同僚や上司、ご近所さん、友人、家族、恋人、たくさんの自分の世界を構築する人々とうまく折衝していかなければいきてはいけない。
特に、1日のなかでも過ごす時間が長い職場では、仲間同士良い雰囲気で過ごしやすく、呼吸が楽な環境で仕事がしたい。でも、うまくいかない。そんな時は、自分がその仕事に、職場に、仲間に、何を「期待」しているのかを見つめ直すと、自分が本来すべきことが明確になり、本筋と違う部分で頭を悩ませていることに気がつく。必要以上に「期待」を抱かなければ、その期待がかなわなかった時に傷を負わず、また負ったとしても鼻で笑える程度で済む。過度の「期待」は、他者に対する甘えであり、依存であり身勝手なわがままだ。何事も自分の意のままにはならない。そのことを、本質から理解できれば、人間関係の悩みに対する考え方が大きく変わるはずだ。
あの人は、私を裏切らないし悪口や罵倒したり、冷たい態度は取らないし、ずっと仲間で居てくれるはず、という「期待」は、人と付き合う上で障害にしかならない。人が人と関わり合う中で摩擦が全く起きないはずがない。ぶつかり、磨きあって精神的な成長が得られるのだから、最初からそんな「期待」を抱いていたら、その自分の身勝手な偏見の認識に捕らわれたまま人と付き合い、その「期待」に裏切られて傷を負う悪循環に陥る。リスクを恐れて得るものは無いのだから。自分と他者の持つ価値観の違いを受け入れ、理解する努力、自分と他者双方から問題点を捉え分析する努力が必要と考える。
「今」の自分と向き合う静かな独りの時間は大切だと強く実感している。
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