無事に崖下に着くと少年をラインに預けたオーガスは先に走って行った。ラインは、ゆっくりとしかしなるべく早く、逃げながら覚えた道を通ってオーガスの家を目指した。
「なぁ、なんで……お前は俺なんかを…助けるんだ?」途中、少年は息絶え絶えで話しかけてきた。
「あまり話さない方がいいと思うけど。死にかけの仲間を放っておくことなんて僕にはできないな。それに、これはこの間の借りを返すためでもあるんだからね」少年は弱弱しいがどこか力強い笑みを浮かべた。そして、しばらくの間沈黙が流れた。少年は覚悟を決めると、沈黙を破った。
「本当は……誰でもいいから…仲間と呼べる友達が欲しかったんだ」ラインは黙って彼の話を聞くことにした。どこか、自分の境遇と似ていたからだ。
「だから、ある連中たちに仲間に入れてくれと…頼み込んでた。だけど……幾度となく断られた。そんな中で現れたのが…ハーフエルフであるお前だ。お前には悪いが……友達なんていないだろうなんて………勝手な妄想で…お前に近付いた。だが…実際は違った。だから俺は…なんだか…余計にむなしくなったんだ・・……」そこで、言葉を詰まらせたがラインは、背中に何かがこぼれおちる感じがした。しばらくして、それが少年の涙であると分かった。
「お前は……俺に不信感を抱いていた。だけど…それでもお前は今……俺を仲間と呼んでくれた。こんなに嬉しい事なんてない。死ねるなら……今がいいなぁ」今まで口をはさんでいなかったラインがここで彼にこう言った。
「死ぬなんてことは考えちゃだめだ。せっかく仲間になったんだ。だから、これからもいい思い出をたくさん作るためにも君は生きなきゃ。そう、生きる事を考えるんだ」そんな事を言っているうちに2人は黄昏の丘の下に着いた。オーガスの家に続く林道に進む間も少年はまだ涙を流していた。
オーガスの家への分かれ道に着いたとき少年が口を開いた。
「解ったよ。生きる、これからも精いっぱい。だから……親友でいてくれないか?」
「そう思ってくれて嬉しいけど、親友にはまだ早いよ。もっと時間をかけないとね」今まで歩いたことのない道に入ってしばらくすると、後ろの方から2頭の馬のひづめの音がした。ゆっくりと振り返ると誰かがこちらにやって来ていた。前には中年の男性が、後ろにはそれよりももう少し年をとった感じの、髭が長い男性がそれぞれの馬にまたがっていた。
2頭の馬は2人の前で止まると、前の馬の男性が降りてきた。
「やぁ、君がライン君だね。私はヴァースン・ソロラルド。ピンときたようだがオーガスの父親だ。だが今は時間が無い、今医者を連れてきたところなんだ。その子は私が預かるから君は後から来なさい」そのヴァースンと名乗った男性は背中に担いでいた少年を抱き上げると、馬にまたがり先に疾走して行った。その時、少年がこちらに手を振ってきた気がして、こっちが手を振り返すと彼は笑みを浮かべた気がした。そしてその後をもう1頭が土ぼこりを舞い上げて走って行った。彼は走って2頭について行こうとしたが、疲労の為か体がうまく動かない。仕方なく彼はゆっくりと歩いていくことにした。
どのくらい歩いたのかは分からないが、思ったよりも歩いたことだけは事実だった。それだけ歩いていると、ようやくオーガスの家が見えてきた。
遠くから見ただけでも不思議に思ったが、見た目は普通の家では無く屋敷に近かった。それに、あちらこちらにツタが張っていて夜中に見たら幽霊屋敷に思えたかもしれないその屋敷にラインは近付いて行った。
目の前の大きな門、とはいっても乗馬した大人が普通に通れる程度の大きさの門の前に来た時、勝手に入って良いものかと悩んでいる時向こうの方にオーガスの姿を見ることができ、おもわず手を振ってみた。すると、向こうもこちらに気がついたのか手を振り返すと手招きしてきた。
その合図があって、やっと中に入る決心のついたラインは門を押してみた。思ったよりも簡単に開いたことに驚きはしたが、そこを通り門を閉めるとオーガスのもとに急いだ。
「俺の家にようこそ。ライン」いつものようにニヤつきながら言う彼の服は、きれいな普段着に変わっていた。いつものベスト姿とは違った薄着の彼はどこか雰囲気が違っていた。それに、顔や体についていた血痕が取れていたことから風呂にでも入ったのかな?と思い、尋ねてみると、水浴びだと答えられた。
「お前も浴びた方がいいって、血まみれだって……ってあれ?あんなに激戦だったのになんでお前の服は汚れてないんだ?」そう言われて初めて自分の服がまったく汚れていないことに気づいたラインは不思議に思い悩んだ。
「うーん………、僕にもよく分からないなぁ。なんでだろう?」
「お前が解らないってどういう事だよ!」オーガスは大笑いをした。つられてラインも頭をかきながら笑みを浮かべたが、この事は母と関係があるのかという疑問が脳裏をよぎった。
「まぁ、とにかく来いよ。水浴びする場所に連れてくから」ラインはオーガスについて行って、屋敷の裏に回った。途中洗濯物のタオルをオーガスは何食わぬ顔でとって行き、驚いた顔をしていた自分に、気にすんなと笑顔で言った。そうして屋敷の奥の森に近い所に、小川が流れていた。ブーツを脱いで、川に入ってみると思ったよりも深く膝ぐらいまで浸かった。
「適当に血を洗い流してこいよ。俺は屋敷に戻ってるから」オーガスはラインを1人にすると、屋敷に戻って行った。そこでラインはホッとした。
「血を洗い流すのはいいけど、やっぱり裸を見られたり耳を見られたりなんかしたら恥ずかしいからなぁ」岸辺で服を脱ぎながら彼は呟いた。そうして裸になってみると驚くことがまだあった。服は全くといっていいほど汚れていなかったはずなのに、その下の肌は血で赤く染まっていた。
「しみ込んだってこと?信じられない…」その事に疑問を抱きながら、水に体が浸かると気持ちよくなった。しかし、川下には体から流れ落ちた血の赤い筋が流れていくのが見えて、気分が少し悪くなった。そこで思いっ切って彼は潜ることにした。水面に顔を出した彼は、髪を洗い始めた。血が残らないようにしつこいぐらいにして洗っていると、前髪から滴り落ちる水が透明になった。そこまでになると彼はようやくタオルを手にとって岸辺にあがり、体をふくと手早く服を着た。その後に今度は頭を入念にふいたが、なかなか乾かずに仕方なく偶然持ってきていたひもで後ろ髪を2つにまとめておくことにした。もちろん耳にはかかるぐらいにして。
屋敷の正面に戻るのを面倒だと感じたラインは裏口から中に入ることにした。裏口の扉を押しあけたとき、誰かの悲痛な叫び声が聞こえた。思わず目をつむった彼は、足下にあともう1段の階段があったことに気がつかずに、そのまま前のめりに倒れ込んでしまった。
悲鳴が聞こえなくなると同時に目を開けた彼は、自分が倒れているのが食堂であることに気がついた。目の前のテーブル越しにオーガスが目を丸くしてこちらを見ているのが見えると、笑って立ち上がると服の埃をはたいた。
「どうした?今の悲鳴で驚いてずっこけたか?」立ち上がってみて分かった事だが、彼の前にはパンが入ったバスケットが置かれていた。彼はちょうどその中の1つを食べていたところだったようだ。ラインは彼に本当の事を話すと、彼はまた大笑いした。
「笑うなよ!ところでさ、今のって何?誰の悲鳴?」ラインはオーガスの向かいの席に腰かけた。オーガスはあごをかくと天井を指さして説明し始めた。
「えーとだな、今の悲鳴は実は今ので2回目だ。あいつの悲鳴だよ。剣を刺しっぱなしだったからそいつを2人で抜いてた。そしたら、血があふれて来て俺は怖くなってここに降りてきたんだ。部屋を出た時に医者が言ってたんだけど、想像してたよりもひどい傷らしい。麻酔なしで事足りると医者は思いこんでたらしい。だから、今あいつは麻酔なしであの傷を縫い合わせてるとこなんだ」ラインは頭を振って、下を向いた。オーガスは無言でパンを食べた。
「あいつ、助かるよね?」ぼそっと言ってみたが、なんだか少年が死んでしまいそうで怖かった。
「分からない。俺はあいつの意思次第だと思うんだ。だから今はあいつを信じるしかない」その後2人は長い沈黙の中、無言で目の前のパンを食べていた。さっきまでは感じなかったが、パンの匂いをかいだら急に腹が減ったのだった。オーガスいわくもう昼間だそうだ。弁当を忘れたラインにはこれがありがたかった。
しばらくすると、左手奥の方にある扉が開いて例の医者が入ってきた。医者はこちらを見つけると近くのイスに腰掛けた。
「何があったか深く聞きはしない。わしの仕事は患者の傷を治す事だからの。しかし、あの傷を負ってよくここまで持ちこたえられたと思う。彼の意志の強さには驚かされた。聞いていたよりも酷い傷で麻酔なしで縫合をしたんだが、ほとんど叫びもせずに歯をくいしばって耐えていたからの」
「先生、あいつは元気になりますか?」思わずラインの口からその言葉が出た。
「君らはあの子の友達かね?」その問いに2人は迷ったが首を横に振った。医者は2人の答えを見てうなずくと、ニッコリとした。
「赤の他人なのに必死になって助けようとするのは感心じゃ。安心するといい、あの子はちゃんと良くなるわしが言ってるんだからの。それに、あの子にあれだけの意志の強さがあるのならまず大丈夫じゃ」その言葉にようやく2人の顔に笑みが戻った。
「会いに行ってやるといい、寝ておきなさいと言っても『あいつらに会うまでは寝ない!』の一点張りだったからの」2人は顔を見合わせると、急いで少年のいる部屋に向かった。
3階の南側の部屋に入ると、ヴァースンが少年と話しているところだった。2人が入ってきたことに気がつくと、彼はラインに住所を尋ねられそれを不思議に思いながら答えると彼は部屋を出て行った。
「なんで、あんな事を聞くか不思議に思うだろ?実はあれ、お前の親に会いに行って今日はここに泊めることを話しに行ったんだ。こいつの家に行くのとついでにな」ラインは驚いて彼の顔を見てこう言った。
「こんな昼間なのに、母さんにそんな話をしに行ったの?」
「今日は危ないって父さんが言ってたからな」ラインはため息をついたが、なんだか楽しくなってきた。部屋を見渡すと、必要最低限の家具が置かれていて客室という感じだった。そして、治療は別の部屋でやったのかすでに掃除し終えていたのか血の後は見られなかった。少年のベッドの近くに置かれていた2脚のイスに2人が座ると、少年が話しかけてきた。
「頑張ったよ。ラインと約束したからね。生きて友達になるって」その声はどこか弱弱しかった。ラインは笑ってそうだね、と言ったがオーガスはきょとんとした顔になっていた。
「命を助けてくれたお礼に自己紹介をしないと、僕の名前は<ベスティー・チャールズ>。よろしくね」ラインは素直に自己紹介をした。オーガスは少しためらっていたが、ラインに本当の事を話されそれに納得し、自己紹介をした。
「しかしまぁ、俺達が追いかけてた謎の少年の正体がまさかこの街唯一の貿易商ディミヌ・トレーダーの創設者ディミヌ・チャールズの息子だとはねぇ」ベスティーは何度もうなずいた。オーガスは後ろのテーブルに置かれている2本の剣を指さして尋ねた。
「ところで、どうしてお前はショートソードの2刀流で戦えるんだ?まだ子供の俺達にすれば、重すぎないか?」
「あぁ、よく聞かれるよ。あれは父さんが言ってたんだけど、サン・ロリアルドていう国で作られた物でミスリルっていう珍しい鉱石で出来てるんだって。それで、そのミスリルは悪しき者が近寄れば鈍く輝き、鉄に比べて軽いし頑丈。運が良ければ魔法をかけることも出来るらしいんだ。それで、商売で余ったからって誕生日に2本ももらったんだ」そこで1呼吸置くとあくびをしてから2人にこう言った。
「2人と自己紹介も出来たし、もう寝ようかな。あのお医者さんいわく血の流しすぎだってさ」2人がうなずくとベスティーはそのまま目を閉じて眠ってしまった。
「すごい奴と友達になったもんだな」テーブルの上に置かれた剣の内1本を手にとってオーガスは言った。
「でも、これからなんだか楽しくなりそうだよ。2人だけじゃぁ何かさびしい時もあったし」
「おい、それって俺がつまらない奴だっていう意味か?」
「違うよ。絶対に。でも、人数は多い方が楽しいじゃないか」オーガスはまぁなと言うと、剣の物色に戻った。しかし、ラインは考え事をし始めた。
「オーガスと知り合ったあの日に見た夢の中にいた、あの2刀流の青年を僕はベスティーと呼んだ。偶然でないとすれば僕らが知りあうのは必然であり、あの夢の中の出来事は実際に起こるのか?だけど、あそこにはまだ見たことのない人たちがたくさんいた。まだ、そんなことは分からないよね」その時、はっとして着ていた黄緑色の少し長めのベストのポケットからあのナイフを取り出し、刃の根元に刻まれた文字を見た。そうかこれはベスティーのイニシャルだったのか。と納得するとラインはもう1度そのナイフをポケットにしまった。
「そういえば、今日の予定は大体が達成できたんじゃない?」オーガスは手を止めこちらを見ると、うなずいた。
この3人が出会ったのは運命だったのか、それとも偶然だったのか。それは分からない。だが3人はこの出来事を受け止めて生きていく。WGAという巨大な歯車の動きが、この3人を結びつけたのは確かだ。
こうしてWGAはまだ若き3人の出会いにより大きく動き始める。
そして、この日の出来事は後に起こるある出来事の始まりに過ぎなかったことを、まだこの時の彼らは知らなかった。
