こんにちわ。
hiroko*です。
モラ夫と離婚し、新しい道を歩む私。
そんな私の過去を振り返る【私のストーリー】です。
少し長くなりますが、お付き合いくださいませ![]()
私の保育園時代のお便り帳を見ると、すでにピアノ教室を探している母のコメントがあります。
母「先生、ピアノを習わせたいのですが、どこかおススメはありますか」
保育士「〇〇なら月謝が××円のようですよ」
そんなやりとりが…。
私は特別裕福な家庭で生まれたわけでもありませんが、母はとにかく教育に熱心でした。
私は幼い時より、
ピアノ、
習字、
英会話、
学習塾、
水泳
などを習っていました。
これは小学校の高学年まで続きました。
母は、15歳で働かざるを得なかった家庭環境だったため、
「私たちはこんな事はさせてもらえなかったんだよ(お稽古はさせてもらえなかったんだよ)」とよく言っていました。
ただこれだけお稽古をしていると、お友達と遊ぶ時間がない。。。
お友達と遊べない私は、気が付けば、私は周りと合わせるのが苦手な子供になっていました。
また自宅でも母は学習熱心で、ピアノの復習を一緒にやったり、宿題以外にも母が買ってきた漢字ドリル、計算ドリルを母とやる日々。
ちなみに母は仕事を持っているため、仕事後に私に勉強を教えていました。
私の幼少期は勉強、勉強また勉強の日々だったのです。
+母は厳しく、テストは100点でないとほめてくれません。
なのであまり勉強した割には褒められた記憶がありませんでした。(キビシーっ)
毎日勉強。ストレスは溜まり、余計勉強や宿題が嫌に。やがて母親が帰ってくるのも怖くなってしまいました
←宿題やってないと怒られる。
私にとって自宅はあまりのびのびとした環境ではありませんでした。
次話
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