前から行きたくてたまらなかった、日本画専門の美術館『山種美術館』へ、遂に赴くことができた。


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私の大好きな東山魁夷と、彼に関わりのある日本画家たちの作品が展示されていた。


作品数は多くないが、画家の解説などはなかなか行き届いており、いい美術館だった。


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次回はまた楽しみな、大観と栖鳳だ。

近々また来なくてはビックリマーク

今日から春休みに入り、美術館や博物館に入り浸る日々が始まりそうだ。

油彩画の模写の提出日が2月22日なので、しばらくは学校にも入り浸りだが…。


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終わり。

(修正 14th Sep 2020)


それにしても、科学や物理の講義で時々、ちょっとロマンチックな表現を耳にする。

元素が自分一人では落ち着かなくて、誰かと結びつきたいよ~って手をのばしているのだ、とか、テーブルに置かれたコップはただ置かれているのではなく、物理学的に言えば、コップが自分の重さでテーブルを上から押していて、テーブルもコップと同じ大きさの力で押し返しているのだ、とか…。


こういうことを、講師が淡々と言う。


しかし、“静かに押し合いするコップとテーブル” …カワイイじゃないか。



終わり。

(加筆修正 22th Sep 2020)


先日、保存科学の授業がテストを以て修了した。

9月から始まった基礎科学・保存科学演習という科目では、文化財保存修復について科学的に分析・調査し、適切な保存修復に不可欠な知識を身につけるための講義や演習が行なわれる。

蛍光X線分析や染色材料調査、クロマトグラフィなど、中学・高校の科学の延長のような授業だ。

文化財学の授業でも内容が重なる部分があるが、これらの授業の中でとても面白い話をたくさん聞いた。


一番印象的だったのが『モノは何故、劣化するのか』についてだ。

簡潔に言うと全てのモノは元の状態に戻ろうとしているのだという。

鉄(Fe)は酸素(O2)と結びつくことで安定した状態になる。

元々は酸化鉄の状態で発掘されるのだが、その酸化鉄から人間はO2をひっぺがして鉄として使う。
しかし鉄にとっては非常にFeだけでいるということは不安定な状態で、すぐにでも酸素と結びついて元の安定した状態に戻りたいのだ。

鉄だけでなく胴(Cu)や銀(Ag)などの金属類は、酸素や硫黄や塩素などと結び付いて初めて安定した状態となる。

これをそれぞれ酸化・硫化・塩化といい“サビ”の仕組みなのだ。




【特別な存在】

ただ、金(Au)だけは違う。

金は自分自身だけで他の元素と結び付かなくとも安定した状態なので、水に浸かろうが海水に浸かろうが錆びることはない。


モノが“元の状態に戻ろうとしている”ということは、金属などの無機物だけに限られた話ではない。

紙や布などの有機物も同様なのだ。




最近の木材パルプを原料とする紙はまた別だが、本来紙というものは木材をすいたものであり、木材を構成するセルロースから成るのだが、それを一旦水に溶かしてバラバラの状態にして、水素結合によって紙の状態にしている。

つまり紙が劣化してボロボロになる現象は、紙が元のセルロースに戻ろうとするために起こるのだ。


【優等生  和紙】

紙の話をもっとすると、紙の種類によっても劣化状態は変わる。

産業革命以降の大量生産が産み出した悲劇を一つ挙げよう。

当時のアメリカなどの機械すきの紙は、その製造工程でどうしても酸が入る。

酸素と結び付いて酸化する以前に、書籍そのものが自分自身の酸によって劣化しているのだ。





こうして国会図書館に保管されるべき貴重な書籍がどんどん劣化してしまい、手で触ると液体窒素につけたかのように簡単にボロボロになってしまう(スローファイヤー現象)。

この問題は各国で数年前から取り沙汰されている。

火事による炎はものを一瞬で焼き尽くすが、酸化という悪魔は熱くもなく、音もなく着実に紙を蝕んでいく。


酸性紙に比べ、日本の伝統的な技法で手すきされた和紙は酸化しにくいうえに繊維の一本一本が長く、水素結合が解けにくい。

つまり劣化しにくいのだ。

近年では諸外国の書物の修復の際、裏打ちに和紙が使われるのはこのためである。


終わり。

(加筆修正 22th Sep 2020)


遂に『仮面の告白』を手に取った。

三島由紀夫は数年前から気になっていたが、どちらかというと女性よりも男性の読者が多い作家であるという印象がある。

しかし恐らく私は三島作品が好きに違いない、根拠もなくそう確信していた。

そんな予感に根拠を与えたのが数ヵ月前に読んだ村上春樹の『ノルウェーの森』の一節だった。

はっきりとは覚えていないが、主人公の青年が三島由紀夫は読まない、あまり好きではないというようなニュアンスだったのだ。

このことから、これを書いた村上春樹もきっと三島由紀夫はあまり好きではないような気がして、ということは私は三島由紀夫が好きだろうという確信に至った。

村上春樹批判ではない。


ただ、私には村上春樹は面白いと思えなかったのだ。

村上春樹が正統派優等生ならば、三島由紀夫は更に頭の良い、頭の良すぎる異端児、読者が引いてしまうほどの正直者、といったところか。

三島由紀夫は自己分析が凄いのだ。

分析結果を報告する際の言葉遣いも物凄い。

やはり思った通り、私は三島由紀夫作品が好きだった。

彼の趣向や考え方に100%共感するかというとそうではないのだが。


彼はローマ皇帝の寵愛を受けたアンティノウスのような美しい少年が、ドクドク鮮血を流して事切れる場面を描いた絵画など見た日には"erectio"
してしまうらしい。

私には美少年の断末魔と性的興奮にどんなつながりがあるのか、永遠にわかりそうにない。

そして彼は死の恐怖が人一倍強いくせに、異常なまでに死に対する憧れを抱いてもいた。

自分が戦争で敵の銃弾に倒れるところを想像して高揚した。

世の中が嫌になり死を切望する人たちの死への憧れと、三島由紀夫のそれとは何かが明らかに違う。

死そのもの、自分が死体になること、血だらけでだらしなく床に転がることそのものに憧れていたのだ。

彼は子供時代の友達との戦争ごっこで、敵役の友達に撃たれる真似をして、倒れたまま動かなかった。

少しも起き上がろうとしない少年に敵兵たちは

「どうして動かないの?」

と聞いた。

三島少年は、

「僕、戦死してるんだってば」

と答えた。


この戦争ごっこを持ち掛けたのは三島だ。

そもそも死体になりたくて戦争ごっこを提案したのだ。


三島に趣味や趣向の共感ではない“共感”を覚えてしまうのは何ゆえか。

おそらくは彼の、他や自分自身に対する観察力、その表現力に興味があるのだろう。

三島の自己分析力は素晴らしい。

次は『金閣寺』を読もうと思っている。

実際に起こった僧侶による金閣寺放火事件を三島なりに分析し、小説化したものだという。

三島由紀夫は僧侶と自分とをどう重ね合わせたのだろう。



終わり。


(加筆修正 14th Sep 2020)
年明けから『鶸の聖母子像』模写の彩色に入っている。


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蒼い衣の下に、ローズマダーのような色みが確認できるため、下塗りはこんな色に。


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軽い感じが気になり、思い切って。


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肌の明暗にも着手。


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提出日が2月22日に決まり、急ピッチで作業を進めなければならない。



終わり。
隣の席から聞こえてきたマダムたちの会話。


"六日町の新米をいつも送ってもらっているんだけど、それがなくなって市販のお米を買ったのよ。

自分で買うお米はそんなにいいものは買えないんだけど、そしたら子供たちがあまり食べなくなって。

やっぱり違うのねぇ。"



きっと旦那さまのご実家か親戚が六日町なのだろう。

品川区で六日町という地名を耳にする機会はあまりない。

うちは農家でもないのに、なんだか嬉しくなってしまった。


もちろんうちでも毎日魚沼産コシヒカリを食している。

今年も雪がたくさん降っているから、春にはそれが雪解け水となって田を潤し、秋には宝石のような新米がたくさん収穫されることだろう。


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終わり。

(加筆修正 1th Oct 2020)



①英会話喫茶に通い、英語力を高める
soon美術学校に進むことを決心する前は、一年間N.Y.に語学留学するつもりだった。
日本にいながらにして英会話をマスターしてやるビックリマーク

②学校を休まない&遅刻しない
soon入学式当時は皆勤賞を目指すも遅刻により早々と挫折。
2010年以降は無遅刻無欠席を目指すビックリマーク

③課題を早め早めに終わらせる
soonいつもギリギリ&バタバタあせる
提出期限前に提出する余裕を持つビックリマーク

④デッサン力を高める
soonとにかく絵を上手くなる
ということだビックリマーク

⑤毛筆書写検定に挑戦する
soon2009年の抱負だった(^_^;)
全く手付かずだったので、対策講座に申し込んで練習すべしビックリマーク

⑥日払いをやめる
soon弟が来てから3年以上振りに日払いをしている。
もう弟に生活費を渡さなくてもよくなったので、この悪循環を絶つべしビックリマーク

⑦恋愛を一年以上続ける
soon私にとって出来そうで出来ないのがコレ汗
今度こそは上手く行きそうな気がするので、自分を見失わずに今の生活を大事にしながら、恋愛もゆっくり温めて育んで行きたいドキドキ

⑧人に優しく、自分に厳しく
soon自分にはだいぶ厳しくなったかもしれないが、まだまだ甘い。
理想が高く、自分だけでなく人にも厳し過ぎるところがあると思うので、もう少し寛大になるべしビックリマーク

⑨読書本をたくさんする
soon2009年もまぁまぁ読書した方だが、月に3冊は読み終わるようにビックリマーク

⑩テストで100点&成績表で秀を3つ以上もらう
soonまだ後期の成績はでていないが、前期の成績では秀が2つだったのでせめて減らないようにビックリマーク



以上ニコニコ


みなさん、2009年もお世話になりました!
m(__)m

2008年にも増して、とっても楽しくblogを書かせていただきました音符
また来年もご愛顧くださいニコニコ


みなさん良いお年をドキドキ


終わり。


(修正 14th Sep 2020)
昨年の12月23日にもXmasチーズフォンデュホムパをしましたが、今年もやっぱり音符


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Xmasはチーズフォンデュドキドキ


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今年はいつものメンバーと、一人増えて5人でパーティしましたニコニコ


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ネコムスメが作ったのはかぶと鶏肉の洋風煮物。


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それとフォンデュ用にチキンを焼きました。
友達はサラダとホテルオークラのグラタンをナイフとフォーク


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美味しかった~ニコニコ


アリーに会うのもちょうど一年ぶりドキドキ


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最初は大きい猫だと思ったけど、うちにもっとデかいのがいるから、今では普通の大きさに感じます(笑)。


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オコタでごっつぉ顔。

こんな時期もありました。


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そしてXmasケーキは川島なおみさんの旦那様のお店のものを友達が用意してくれましたキラキラ


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プレゼント交換は昨年同様、盛り上がりました(笑)。

次回はトマト鍋パーティです!
(^^)/▽☆▽\(^^)


終わり。

(加筆修正 1th Oct 2020)
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雪景色だ~。

夕べからの雨が止んだかと思ったら、今朝には雪がモカモカ降りだした。


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東京と違って地元の冬は湿度が高く、乾燥に弱い自分にとっては快適だ。


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こっちの人はあまり歩かない。


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特に冬に歩いている人は、学生以外あまり見ない。

家からコンビニまでのたった3分で心が折れる。


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テトもコタツで丸くなっている。


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いや伸びていた。(笑)


今日一日で、木の枝にもこんなに雪が積もった。


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という訳で昼の3時から金麦でカンパ~イチョキ


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終わり。

(加筆修正 1th Oct 2020)


一枚の写真に出会ってしまった。

タイトルは『犬を背負う子供たち』。

1946年に取られたモノクロ写真である。

焼けた町に坊主頭の少年が二人。

向かって右側の少年はしゃがんでこちらを振り向き、左の少年はしゃがむ少年に視線を向け、一匹の犬をおぶって立っている。

その少年は犬と自分の体とを縄でくくり、両手を背中へまわして犬を支えている。

そして負われる犬の方も妙に大人しく、自分を負う少年の肩に両前足をタランと預け、しゃがむ少年に視線を落としている。

黒くつぶらな瞳が何とも愛らしい。

恐らく野良犬なのだろう。

少年らは自分たちもお腹を空かせているというのに、この犬に餌を分け与えているのだ。

瞳の奥から熱いものが込み上げてくる。

この一枚を撮った林忠彦は「こんなに優しい少年たちがいるのならば、戦後の日本の未来は明るいに違いない」

と元気づけられたのだった。


この一枚には不思議な輝きがある。

犬を背負う少年たちがやがて “復興” の担い手となる

こんなに大変な役目を背負う羽目になった少年たちの表情は、なぜだかハツラツとしている。

本当に“生きて”いるのだ。

ただ自分の命を明日へ食い繋ぐだけのことを、「生きる」とは言わない。

1946年の三宅坂で、二人と一匹は確かに“生きて”いた。 

そして64年余が過ぎ、人類は相変わらず愚かな過ちを犯しながらヨチヨチ歩きから進歩できないでいる。

生きるとは何ぞや。

そして幸福になるとはどういう事なのか。


自分自身に問う時間も余裕もない文明人たちよ、我々は何か大切なものを過去に忘れてきてしまったのではないのだろうか。


“生きた”二人と一匹は一体、どこへ行ってしまったのだろう。



一枚の写真の前で私は唇を噛み、必死に涙を堪えた。

感動に打ち震えながらも目を反らしたくなる。

そんな自分を恥じた。


自分たちが忘れてきたものが一体何なのか、もう思い出せないのだ。


2009年冬、戦後65周年を目前にしたある冬の日、二度と取りには戻れない忘れ物を思い出し、私はただ途方に暮れるしかなかった。



(『林忠彦写真展』
新宿歴史博物館にて開催中)




終わり。