遂に『仮面の告白』を手に取った。

三島由紀夫は数年前から気になっていたが、どちらかというと女性よりも男性の読者が多い作家であるという印象がある。

しかし恐らく私は三島作品が好きに違いない、根拠もなくそう確信していた。

そんな予感に根拠を与えたのが数ヵ月前に読んだ村上春樹の『ノルウェーの森』の一節だった。

はっきりとは覚えていないが、主人公の青年が三島由紀夫は読まない、あまり好きではないというようなニュアンスだったのだ。

このことから、これを書いた村上春樹もきっと三島由紀夫はあまり好きではないような気がして、ということは私は三島由紀夫が好きだろうという確信に至った。

村上春樹批判ではない。


ただ、私には村上春樹は面白いと思えなかったのだ。

村上春樹が正統派優等生ならば、三島由紀夫は更に頭の良い、頭の良すぎる異端児、読者が引いてしまうほどの正直者、といったところか。

三島由紀夫は自己分析が凄いのだ。

分析結果を報告する際の言葉遣いも物凄い。

やはり思った通り、私は三島由紀夫作品が好きだった。

彼の趣向や考え方に100%共感するかというとそうではないのだが。


彼はローマ皇帝の寵愛を受けたアンティノウスのような美しい少年が、ドクドク鮮血を流して事切れる場面を描いた絵画など見た日には"erectio"
してしまうらしい。

私には美少年の断末魔と性的興奮にどんなつながりがあるのか、永遠にわかりそうにない。

そして彼は死の恐怖が人一倍強いくせに、異常なまでに死に対する憧れを抱いてもいた。

自分が戦争で敵の銃弾に倒れるところを想像して高揚した。

世の中が嫌になり死を切望する人たちの死への憧れと、三島由紀夫のそれとは何かが明らかに違う。

死そのもの、自分が死体になること、血だらけでだらしなく床に転がることそのものに憧れていたのだ。

彼は子供時代の友達との戦争ごっこで、敵役の友達に撃たれる真似をして、倒れたまま動かなかった。

少しも起き上がろうとしない少年に敵兵たちは

「どうして動かないの?」

と聞いた。

三島少年は、

「僕、戦死してるんだってば」

と答えた。


この戦争ごっこを持ち掛けたのは三島だ。

そもそも死体になりたくて戦争ごっこを提案したのだ。


三島に趣味や趣向の共感ではない“共感”を覚えてしまうのは何ゆえか。

おそらくは彼の、他や自分自身に対する観察力、その表現力に興味があるのだろう。

三島の自己分析力は素晴らしい。

次は『金閣寺』を読もうと思っている。

実際に起こった僧侶による金閣寺放火事件を三島なりに分析し、小説化したものだという。

三島由紀夫は僧侶と自分とをどう重ね合わせたのだろう。



終わり。


(加筆修正 14th Sep 2020)