祈りを捧げる日がやってきました
阪神大震災の記憶が蘇ります
1995年当時は今とは違う会社に勤めてて
でも今と同じように営業職、担当も兵庫県
その日は休日明けで現地まで家から直行予定(兵庫県三木市)
前日、まんまるな月がやたらと赤かったのを今でもはっきり覚えてます
早めに移動したいのでそろそろ起きる時間でした
そのとき轟音と共に激しい揺れがAM5時46分
まだ子供が小さかったので反射的に子供をフォローに
幸い我が家は食器棚が散らばった位で助かりました。
すぐに出かけようと外に出たけどすでに道は車で渋滞
地下鉄もストップで出勤不能で仕方なく家に戻り
TVはすでに地震情報ばかりでしたが情報は錯綜
かなり時間が経ってから例の長田の火災や阪神高速の横倒しの映像が
そこはまさに今日車で走る場所、時間がずれてたらその場所にいたかも
本当に怖かったです、一生忘れられない感覚。
この震災で私の身内には犠牲者は出ませんでしたが
友人の子供たちや親御さん、お得意先の知人も含め
多くの犠牲が・・・
毎年昼間は仕事でまぎれますが、やっぱり朝晩は当時の記憶が・・・
現在神戸に住まわれてる方の40パーセントは阪神大震災を知らないらしいです
でもこの教訓は後世にも語り継がないとと思います
今回は特に去年3.11の東日本の震災や津波
更には福島の原発の事故等、日本経済も沈みがちで
マイナスの要素ばかりですが
輝く未来を信じて生きていきましょう。
犠牲になられた方のご冥福をお祈りします
各自のできる事をこれからも続けてやっていきたいです。
長文お許し下さい ありがとうございます。