〜名もないギター弾きの名もない歌〜
“アタリ“つきのキャンディー舐めたら
“ハ“の字が見えて苦笑したり
朝のワイドショーの星座占いが
頭かすめて躊躇したり
そうやって僕らはいつだって
流されて生きてきた
そんな僕さえも変えたのは
あの日、傷つけ去った君なんだ
この世界の最果ての場所まで響き渡るように
奏(うた)い続けるって僕は決めたんだ
力の限り
悪足掻きだよって笑われたって
まぁ仕方ないさ
果てなき道をもがき歩む僕は
無様に見えるだろうなぁ
桜舞う 霞む空 見上げて
この季節は君を強く思うよ
色んな景色を君に見せてあげられなくて
本当にごめんね
最後にくれた残酷な
でも愛が溢れる手紙
絶望が希望を生むことを
君が僕に教えてくれたんだ
この名もない歌がいつか君にもし届いたら
歩み続けてる証だ
僕はまだ負けちゃいないんだ
生き様の答え合わせなんて
死んでからすればいい
愛する人よ
君は今どんな空を見てるだろうなぁ
この名もないギター弾きの
名もない歌にそっと命灯すのは
やっぱり“君“
この世界の最果ての場所まで響き渡るように
奏(うた)い続けるって僕は決めたんだ
力の限り
“君が期待した僕“を超えて
君に届けるよ 名もない歌を
ラララ…
奏(うた)い続けるって僕は決めたんだ
ラララ…
君に届けるって僕は決めたんだ
また迷ったり挫いたりつまづいたり
しながらも
名もない歌を名もない僕を
名もない歌を君に…
〜アンコールMC〜
y.憩い部について、お話させてもらいたいなと思います。憩い部というのは、本当に、今回“伝えたい“というタイトルがついてるんですけど、本当にそのまんまで、自分たちの、僕とか、kiyoとかshujiとかの想いを、聞いてもらいたいというか届けたい、っていうところから始まっています。なんでこのような形でやらしてもらっているかっていうと、まぁ先程言ったように直接皆さんに伝えたい、自分の言葉で、とかそういうので伝えたいっていうのと、もう1つ理由があります。その理由についてはkiyoさんの方からお話してもらいます。
k.その理由なんですけど、やっぱり“ネットでは語りたくない“なんですよね。今ネットに書くとやっぱりいろいろと面白い切り取られ方をしたりとか、僕らが思ったのと真逆に表現されて、とか、そういうのが本当にあるので、本当はね、多くのファンの方に伝える為にはネットでっていうのは一番親切というか、一番いいんでしょうけど、やっぱりそういう理由で、まぁ解散の時も、結局ネットニュースでそういう切り取られ方をして、すごく不本意だったので、だからこういう場を作って直接、皆さんに伝えたいということです。特にka-yuのことに関しては、すごく書くのが怖いです。ネットで書くのは。それは僕らの本意ではないですし、そういう意味でも、ka-yuに例えば愛を込めて言った言葉でも、単純にその言葉が違う意味で広がってしまうのは、それは全く意に反してることですし、だいたいあってはいけないことだと思ってはいるんですよね。だからそれでka-yu本人とか、ka-yuのファンを傷つけるというか、そういうのは違うと思ってるからです。
僕らはそういう意味でも、先日3人で連盟のコメントを出したりとか、そういう言葉選びは慎重に間違わないようにしてました。だから僕らの伝えたいとかそういう言葉や想いっていうのは、望むお客さんがいるならできれば自分の言葉で伝えにいきたいと思っています。まだお約束はできないですけど、全国でliveという形で届けていけるように努力をしていこうと思っています。だから今日の僕らの言葉を、SNSとかに書くなとは言いませんが、自分たちの言葉で伝えにいきたいとそういう想いがあるってことだけは理解して欲しいなと思ってます。
y.もしそうやって全国まわれた後なんですけど、先程僕達まぁ決意表明というか、Janne Da Arcを置いて、“you“、“kiyo“、“shuji“っていういちミュージシャンとして歩いていくって決意した以上、3人仲良くこの憩い部を、まぁ主軸というかやっていくのは、それはちょっと違うと思うんです。のでそういうわけではないです。この憩い部はもちろん憩い部ってついてるんですけど、僕らが憩うよりもやっぱ、Janne Da Arcを応援してくれる人とか、ファンの皆様に憩ってもらえる場所であるべきだと思っていて、僕らがそれぞれの活動で本当にみんなに誇れるようなものを築いたり見せることができたら、そのご褒美として僕らも、その時に皆さんがもし憩い部ってものを望んでくれるなら、その時になんか“同窓会“というかそういう形で憩い部はやれれぱなと、なんかみんなでJanne Da Arcの思い出というか、今日もねいろいろJanne Da Arcの曲を平成の名曲に挟み込んだりとかしたでしょ?なんかそういう思い出というか、僕達も感じることもあるし、そうやってみんなで共有できればなと、Janne Da Arcってものを少しでもちょっとでも届けれればいいなってそういう場に、憩い部というのはなればいいかなと思っているので、それぞれまた、こうやって憩い部っていうのがその先未来でもできるように頑張っていくので、皆さんよろしくお願いします。
最後の曲は僕らの決意とか想いとかそういうものを歌詞にして作った曲です。だからといって憩い部3人はね、歌がとっても苦手なので。あ、でもね、shujiは「俺歌うで」って言ってました。「歌う奴おらんのやったら俺歌うで」って言ってましたけど、僕が丁重にお断りしました。僕達の勝手なお願いなんですけど、田澤くんにお願いして、託して皆様に届けられればなと思っております。
MC全文②
y.長くなりましたが、最後に僕らの決意を話させてもらいたいと思います。
yasuがJanne Da Arcを彼なりに守ってきて、行動で僕らに見せてくれたものっていうのは、まぁ僕らもそれを見習いたいというかやっていこうかな、みたいなところから始めようかなと思っています。
s.その前に1つ言いますけど、“ABCが売れたからyasuはJanne Da Arcに戻らないんだ“という声を聞いたことがあるんですが、それは僕らは違うと思ってます。僕らが知ってるyasuっていうのはお金のためにね、音楽やバンドをやるような人ではなくて、そんな風に割り切れるようなyasuやったら、活動を止めずに、13年くらい前にね、活動を止めずにビジネスとしてJanne Da Arcをやっていただろうし、体を壊してる今でも、何らかの方法で皆さんの前にビジネスとして出てくると思いますよ。やっぱりお金をとる以上はそれに見合った、見合うものじゃないのに嘘をついてまでファンの皆さんの前に立つっていうような奴ではないってことです。だからもしもABCが売れてなかったらたぶんとっくの昔に皆さんの前からいなくなってて、Janne Da Arcの解散もたぶんもっと早かったと思います。
y.はい。話戻しますが、Janne Da Arcを守る方法というかそれは、Janne Da Arcを“置く“ということだと思います。それは“捨てる“とか“忘れる“とかじゃなくて、あくまでも“置く“ということです。
過去の実績というかバンドで積み上げてきたものを本当に取り払って、1から、ただ1ミュージシャンとして、彼はただのyasuからとして、というように1ミュージシャンの1人としてそこから始めようと、ということなんだなとつくづく思います。だから、そういう決意でいろいろ彼は“Janne Da Arcの音源をパソコンに入れてなかった“とか、いろんなことがたぶんそういうことだったと思います。
そこから彼はいわゆる“Acid Black Cherryのyasu“って言われるぐらいのね、称号というかそういうものを手に入れたんだと思います。例えば、「Acid Black Cherryのyasuって知ってる?」って言われた時に、Janne Da Arcのファンの方はたぶん「Acid Black Cherryのyasuじゃない!Janne Da Arcのyasuや!」と、半ば怒りながらもちょっと誇らしげ、みたいなそんな感じで言ってるのを、なんか聞くというかそういうのがあると思うんです。そうやってAcid Black Cherryが大きくなるたびに、12年以上も本当に長い間、本当に申し訳ないですけど、本当に何の活動もないまま、でも存在としては大きなバンドのままでいれたというか、そういうことなので、僕達も本当にね、Janne Da Arcっていうものを絶対にね、守っていきたいなと思っています。
s.さっき言ってたようにJanne Da Arcって活動していないにも関わらず、どんどんどんどん大きくなっていったっていうことは、結果が物語っているようにyasuなりのJanne Da Arcの守り方だったんだなと、僕らは解釈してます。もしも同じことを同じ時期に他の4人もやっていたら、もっともっとJanne Da Arcは大きな存在になっていただろうし、その5人が集まったJanne Da Arcっていうのはきっと“最強バンド“というか、そういう感じだったと思うし、皆さんやyasuが理想とするJanne Da Arcになっていたのではないかと思います。でも今回は残念ながら、ka-yuを含め、他の3人もそれができなかったっていうことなんです。
y.僕達ファンの方たちはもちろん、ここにいらっしゃる方も含め、Janne Da Arcのファンであると思います。“Janne Da Arcのyou“、
“Janne Da Arcのkiyo“、“Janne Da Arcのshuji“のファンであってくれてると思ってます。でも、今ここからは、僕達はJanne Da Arcというものをきっちり置いていかなければならないと思ってます。なのでSNSなどにある“Janne Da Arc“という表記も今月いっぱいで消します。さっきも言ったように、“置く“というのは本当にJanne Da Arcを“捨てる“とか、“忘れる“とかそういう意味では本当にないので、それだけは誤解しないでください。“置く“ということです。置いて1から頑張っていくっていう決意で、“置く“っていう言葉を使って、いろんなことを始めようかなと思っています。本当にね、僕ら自身が今回の解散という事実を受け入れて、Janne Da Arcというか、Janne Da Arcのファンの方々に甘えてはいけない、もちろん甘えてはいけないということと、そこを本当の意味で自覚していかないと、本当に申し訳ないというか、そこからしか僕達は進めないと思うので。そうしようと決意しております。
発表した4月1日、僕達は本当に多くの皆様の期待を裏切って、そして悲しませてしまいました。そして多くのファンの方がたぶん僕達のもとを去っていきました。その皆様からいただいた厳しい言葉は本当に僕達の行く道というか、進む道を教えてくれたような気がします。だから僕達は“Janne Da Arc“という名前のない、ただの“you“になり、ただの“kiyo“になり、ただの“shuji“としてそれぞれの人生を歩んでいかなければならないと思っています。僕達がね、Janne Da Arcのファンの皆様に、全員に対して本当に今すぐ許してもらえるとか、応援してもらえるとか、そんな風にはもちろん思ってもいませんし、これからも応援してくださいとはなかなか軽々しく、甘えてるというかそれすら言えないと思っております。それでもただの、名前のないというか僕達に寄り添い続けてくれる皆さん、ファンの方がいるかもしれません。もちろんその存在は本当に有難いですし、応援してくれる言葉ひとつひとつ、本当に僕らの勇気に今もなっています。それになると思います。ともかく、僕らは本当に頑張っていこうかなと思っております。まぁね、もういい歳して、お前ら大丈夫か?みたいなところもあると思うんですが、もしかしたらね、まぁ無様というか恥ずかしい姿を見せてしまうかもしれませんし、もしかしたら、バイトするかもしれないです。でも、何が言いたいかっていうと、“音楽は辞めない“ってことです。僕達は、音楽を辞めるつもりはないってことを言いたいだけです。僕らは音楽で頑張ります。それはもう何があっても本当に這いつくばってでも、やっていくっていう決意をしたからです。本当に今回皆さんに悲しい思いをさせてしまって、落胆させてしまったので、本当にこれで去っていってしまった人もいると思うんです。でも、もしも未来というかこの3人、僕らが頑張ってるなとか作った曲を何かで聴いて、“いい曲やなと思ったら、あぁ、あいつらやったんや“とか、何かのニュースで僕らのいいニュースを目にすることが、例えばね。“あぁ、あいつら頑張ってるやん“って思ってもらえるぐらいにはね、そこを目指して頑張っていこうかなと思っております。その時に僕らの姿を見て、また応援したいなとか改めてもう一度、僕とか、kiyoとか、shujiとかのファンになってくれたら、そんな未来を目指して頑張るつもりですし、そうなってくれたら本当に嬉しいなと思っています。そしてそんな名前のないただのいち“you“、いち“kiyo“、いち“shuji“、っていう僕らにももしも、僕らの未来を信じてついてきてくれる、寄り添い続けてくれるファンの皆様がいるのなら、未来で本当に一緒に泣いて、そして笑いたいです、やっぱり。なので、僕らが平成の時代に成しえなかった、いろんなことを成しえなかったんですが、まぁ令和という時代になるんですけど、令和の時代に何か、ちょっとでも僕達が、“Janne Da Arcの○○“ではない、もう1つの称号というかそういうものを手に入れたなら、先程yasuの例えで言ったんですけど、例えば「○○のyouって知ってる?」って聞かれたら皆様がその時は「○○のyouじゃない!“Janne Da Arcのyou“なの!」みたいにね、半ば誇りながら言っていただけるように、それは同じように「“Janne Da Arcのkiyo“なの!」「“Janne Da Arcのshuji“なの!」という風に伝えてもらいたいなと思います。僕達がそういうものを見せることができたら、是非ともそういう風に言っていただけたら嬉しいと思います。
本当にね、僕らのせいで皆さんには本当に申し訳ないところなんですけど、悲しい存在というか結末になってしまったJanne Da Arcでございますが、もう一度、“Janne Da Arcってやっぱ、すごいバンドやったんやな“と心から思えるような、そして言えるような、“私はJanne Da Arcのファンです“と皆さんが誇らしく胸を張って言えるような、そんな未来を作れるように、僕達はこれが一番伝えたかったことなんですけど、頑張っていきたいと思います。今日は本当にありがとうございました。今まで本当に本当にありがとうございました。