結局は同じことの繰り返し。
「あんまり感情を表に出さないよね」
って、前の彼氏にも言われた。
別れるときに。
今回も言われた。
「何考えてるかわからない」
「何が楽しいのか、何で喜ぶのかわからない」
たしかに、そういう風に生きてきたから
感情押し殺して、つくり笑顔で対応するスキルが身についちゃってるから
「わからない」って思われてもしょうがないね
どこで身につけたんだろ、
まぁ、仕事だろうね。
嫌だなって思ってるお客さんもちゃんと笑顔でいないといけないし
お金をかけてもらってるんだから、嫌な思いさせたくないから気を遣うよね
2回も言われるってことは、
バレバレのつくり笑顔ってことか?
もうそれ、救いようなくない?
「何があったの?」
って、なにもないよ。
私は、ちゃんと愛されてた記憶がないだけ。
だから愛情表現の仕方なんてわからない。
向けられた愛の信用もできない。
もうそれさ、私は幸せになる資格がないのかなって思っちゃうよね。
“私にとっての幸せ“も、なんだか自分でもよくわからなくなっちゃった。
?
私は結婚して、どうしたいんだろう?
仕事辞めて、子供産んで、理想とする生活ができれば幸せ?
それって他人に見せびらかすもの?
幸せって他人と比較するものなの?
私は、誰に勝ちたいの?
誰のために幸せになりたいの?
私なにも変わってないね。
夢を諦めた時と同じ。
夢を追ってた時も、同じ。
私は、やっぱり過去の自分を受け入れられないんだ。
“自分で選んだ道だから後悔してない“って
言っておきながら、めちゃくちゃ後悔してる。
誰かを見返したいとか、
人から羨ましがられたいとか、
そうじゃなくて
私は、自分で自分を認めてあげる理由が欲しい
過去いろいろあったけど、結果こうなったからいいよねって思いたいんだろうな。
プライドが高いってそういうこと。
過去の自分許せないくせに
何も変わってない自分にイラついて
だけどそれでも自分を好きになって欲しくて
それでも誰かに自分を認めて欲しくて
わがままだなぁ。
なんか、もう疲れちゃったね。
自分が自分愛せないのに
他人から好かれるわけないじゃんね。
自分も愛せないのに
他人を愛せるわけないじゃない。
わからないことはわかったけど
致命的すぎて救いようがありません。
令和いっぱつめ。
これは仕事であって浮気ではない
と思ってたんだけど
わたしが割り切ってるだけで
はたから見たら浮気だよな( ?-? )
友だちに言われて思った。
前のわたしなら反発してた気がする。(大人になったなぁしみじみ)
今まで進めなかったのはこれのせいか?
相手を疑うより先に
自分を潔白にしないとだめね
自分がただ傷つきたくないってだけで
最初から本気になれないのとは違うよね
“でも“はもう考えるの辞めよう
と思ってたんだけど
わたしが割り切ってるだけで
はたから見たら浮気だよな( ?-? )
友だちに言われて思った。
前のわたしなら反発してた気がする。(大人になったなぁしみじみ)
今まで進めなかったのはこれのせいか?
相手を疑うより先に
自分を潔白にしないとだめね
自分がただ傷つきたくないってだけで
最初から本気になれないのとは違うよね
“でも“はもう考えるの辞めよう
平成最後に決意表明。
はい。解散発表から1ヶ月経ちましたが、未だに納得はできていません。
とりあえず激戦だった憩い部liveに東京・大阪と両方行けただけでも、私は幸せ者だと思います。直接話を聞けて、3人の想いを聞けて、本当によかった。ありがとう。
中学時代に好きだった男の子がJanneを好きだったのがきっかけで月光花を知り、ちゃんとファンになったのはSINGLES2のアルバムのPVを観てから。最初はka-yuに惚れたんだった。そのうち、メロディアスな曲と心を打つような歌詞に魅了されていった。
高校入学して、バイトを始めて。そしてマドモアゼル(FC)に入った。
それがちょうど、12年前、2007年。
そう、FCからの最初の手紙は、“Janne Da Arc活動休止“のお知らせだった。
その時は軽い気持ちで、ただソロをやるだけで、数年で活動し出すものだと思っていた。
Janne Da Arcを調べれば調べるほど好きになった。音楽はもちろん、5人の人間性とか仲の良さとか、関西人ならではの面白さとか。
だからきっとこの目で、この耳できっとそれを聴くんだって思ってた。
生まれて初めて行ったのはka-yuのソロlive、地元函館から札幌まで行った。母にわざわざ送ってもらって。
その後はyouちゃんのlive札幌、ka-yuのlive函館、って3ヶ月連続だったから、「ソロ活動いいじゃん万歳!」とか思ってた。
だけどその後Acid Black Cherryが始動して、全く違うメンバーとバンドを組んで音楽をし出したyasuに対して、不信感を覚えるようになった。あくまでも彼らは“サポートメンバー“であって、ABCが彼らなわけじゃないと何度も言い聞かせてた。
liveには何度も足を運んだ。サポメンはだんだん定着していって、yasuだけじゃなくて普通にサポメンを呼ぶ声も増えてた。liveの最後でみんなで手を繋いでおじぎをする5人の姿を見て、何度、あれが“JanneDa Arcの5人だったら“って思ったことか。何度、それに嫉妬したことか。私はそれを、“Janne Da Arcの5人“を見たことがないのに。なのに異常に腹が立った。
ABCが続いて、存在が大きくなる度に悲しくなった。
最近になって某ジャニーズの解散とか、活動休止とか発表されて、他人事じゃないなと今さら思い始めていた。
去年ka-yuの音源が止められて、その後何もないまま年が明けちゃって、不思議に思って調べてしまった。出てきたのは掲示板、“犯罪者“と書かれてた。
初めは半信半疑で、でも公式発表があるまでは何もできないからって思ってて、待つことにした。
憩い部liveの発表があって、今まで見たことないyouちゃんのTwitterでの言動に戸惑いながらも、“きっと何かあるんだろうな“と思いながらも応募した。
その矢先の、突然の解散発表だった。
実際には憩い部live企画した後で解散が決まったらしかったから、本当に遅かったとyouちゃんが何度も謝っていた。
自分達は未熟で、この12年間、yasuの想いや期待に気付くことさえできなかった。今やっと気づいたと。
バンドの未来を考えるならyasuがやったみたいに、Janne Da Arcではないもう1人の自分として何かをすべきだったと。その為の12年間だったと。
yasuはAcid Black Cherryとして大きくなることで、実際にはJanne Da Arcの存在も大きくしていたんだね。応援してた私でも、気づかなかったよ。そうやって、yasuはメンバーだけじゃなくてJanne Da Arcの居場所も守ってたんだね。
“守ることは、残すことだけじゃない“か。
それは、もう一度メンバーに“頑張って追いついてこい“って意味だったのかな。
3人の話ではka-yuはいち早くyasuの成長に気づいてたって言ってた。
yasuが本当にそれぞれの何かを望んでいたとしたら、yasuのABCみたいにka-yuも“松本和之“だったり“DAMIJAW“って名義で活動してた。
そう考えたら、確かにka-yuはyasuのこと理解してたんだと思う。
だけど、“DAMIJAW“はABCみたいに飛ぶほどは売れなかった。相変わらずライブハウスでのliveしかしてなかったし。それはそこにこだわっていたのかもしれないけど。
そしてka-yuの黒い部分が復活したせいで、大きくなれなかったのかもしれない。
今、3人はそれぞれの、もう1人の何かになる為に頑張るって決意表明した。
正直、相当厳しいと思う。
あの時yasuの想いに気づいていたka-yuでさえ、成しえなかったことを、12年経ってやっと気付いた3人に、何ができるっていうんだろう。
yasuは本当に影響力すごかったから、今のyasuの立ち位置にたどり着くなんて無理だと思うのね。何年かかるとかじゃなく。
そう考えたら、“取り返すことのできない後悔“にずーっと取り憑かれるような気がしてならないの。yasuとka-yuのことが公になって、違うけどこれからは“不仲だった“と言われても仕方ないと思う。どうでもいいって思ってたわけじゃないんだろうけど、怖くて向き合えなかったのは、私がずーっと見たかった5人の絆は、そんなものだったんだって、What's up?もただのyasuの一方通行だったんだって、それが事実なんだろうけど、裏切られたと思うのはそこなのね。
3人も本当に後悔してると思うし、ファンに申し訳なかったって気持ちもすっごく伝わった。
liveは本当に楽しかったし、楽しませよう、笑わせようって気持ちがすっごくすっごくわかった。自分達が変わろうと、今のままじゃだめだと考えてるのも、見てて本当に辛くなるほど変わりたいって想いは伝わってきた。
今後の活動をどうするのか、何をやるのか何を目指すのかはわからないから、私もまだ納得できないでいる。きっと納得できるようになるには、それぞれが胸をはって、1人でステージに立てた時なんだと思う。
3人には最後のお見送りで「ずっと大好きです。」って伝えた。笑って“ありがとう“ってみんな言ってくれた。
私のファン活動は次のyouちゃんのガッタフレンド横浜でとりあえず最後にします。
大好きなのは変わらないよ。今さら“大好き“が“大嫌い“にはなれない。
でもyouちゃん達がJanne Da Arcを“置く“ように、ファンである私も、“置く“べきだと思うのね。
見守ることはたぶん辞めれないと思うからそれだけは許してね。
まっさらな1人のミュージャンとして、もう一度好きになって、もう一度ファンになりたい。
それまではお休みすることにします。
Janne Da Arcは永遠です。
いつか、“We are Janne!“ってliveで叫びたかったな。
とりあえず激戦だった憩い部liveに東京・大阪と両方行けただけでも、私は幸せ者だと思います。直接話を聞けて、3人の想いを聞けて、本当によかった。ありがとう。
中学時代に好きだった男の子がJanneを好きだったのがきっかけで月光花を知り、ちゃんとファンになったのはSINGLES2のアルバムのPVを観てから。最初はka-yuに惚れたんだった。そのうち、メロディアスな曲と心を打つような歌詞に魅了されていった。
高校入学して、バイトを始めて。そしてマドモアゼル(FC)に入った。
それがちょうど、12年前、2007年。
そう、FCからの最初の手紙は、“Janne Da Arc活動休止“のお知らせだった。
その時は軽い気持ちで、ただソロをやるだけで、数年で活動し出すものだと思っていた。
Janne Da Arcを調べれば調べるほど好きになった。音楽はもちろん、5人の人間性とか仲の良さとか、関西人ならではの面白さとか。
だからきっとこの目で、この耳できっとそれを聴くんだって思ってた。
生まれて初めて行ったのはka-yuのソロlive、地元函館から札幌まで行った。母にわざわざ送ってもらって。
その後はyouちゃんのlive札幌、ka-yuのlive函館、って3ヶ月連続だったから、「ソロ活動いいじゃん万歳!」とか思ってた。
だけどその後Acid Black Cherryが始動して、全く違うメンバーとバンドを組んで音楽をし出したyasuに対して、不信感を覚えるようになった。あくまでも彼らは“サポートメンバー“であって、ABCが彼らなわけじゃないと何度も言い聞かせてた。
liveには何度も足を運んだ。サポメンはだんだん定着していって、yasuだけじゃなくて普通にサポメンを呼ぶ声も増えてた。liveの最後でみんなで手を繋いでおじぎをする5人の姿を見て、何度、あれが“JanneDa Arcの5人だったら“って思ったことか。何度、それに嫉妬したことか。私はそれを、“Janne Da Arcの5人“を見たことがないのに。なのに異常に腹が立った。
ABCが続いて、存在が大きくなる度に悲しくなった。
最近になって某ジャニーズの解散とか、活動休止とか発表されて、他人事じゃないなと今さら思い始めていた。
去年ka-yuの音源が止められて、その後何もないまま年が明けちゃって、不思議に思って調べてしまった。出てきたのは掲示板、“犯罪者“と書かれてた。
初めは半信半疑で、でも公式発表があるまでは何もできないからって思ってて、待つことにした。
憩い部liveの発表があって、今まで見たことないyouちゃんのTwitterでの言動に戸惑いながらも、“きっと何かあるんだろうな“と思いながらも応募した。
その矢先の、突然の解散発表だった。
実際には憩い部live企画した後で解散が決まったらしかったから、本当に遅かったとyouちゃんが何度も謝っていた。
自分達は未熟で、この12年間、yasuの想いや期待に気付くことさえできなかった。今やっと気づいたと。
バンドの未来を考えるならyasuがやったみたいに、Janne Da Arcではないもう1人の自分として何かをすべきだったと。その為の12年間だったと。
yasuはAcid Black Cherryとして大きくなることで、実際にはJanne Da Arcの存在も大きくしていたんだね。応援してた私でも、気づかなかったよ。そうやって、yasuはメンバーだけじゃなくてJanne Da Arcの居場所も守ってたんだね。
“守ることは、残すことだけじゃない“か。
それは、もう一度メンバーに“頑張って追いついてこい“って意味だったのかな。
3人の話ではka-yuはいち早くyasuの成長に気づいてたって言ってた。
yasuが本当にそれぞれの何かを望んでいたとしたら、yasuのABCみたいにka-yuも“松本和之“だったり“DAMIJAW“って名義で活動してた。
そう考えたら、確かにka-yuはyasuのこと理解してたんだと思う。
だけど、“DAMIJAW“はABCみたいに飛ぶほどは売れなかった。相変わらずライブハウスでのliveしかしてなかったし。それはそこにこだわっていたのかもしれないけど。
そしてka-yuの黒い部分が復活したせいで、大きくなれなかったのかもしれない。
今、3人はそれぞれの、もう1人の何かになる為に頑張るって決意表明した。
正直、相当厳しいと思う。
あの時yasuの想いに気づいていたka-yuでさえ、成しえなかったことを、12年経ってやっと気付いた3人に、何ができるっていうんだろう。
yasuは本当に影響力すごかったから、今のyasuの立ち位置にたどり着くなんて無理だと思うのね。何年かかるとかじゃなく。
そう考えたら、“取り返すことのできない後悔“にずーっと取り憑かれるような気がしてならないの。yasuとka-yuのことが公になって、違うけどこれからは“不仲だった“と言われても仕方ないと思う。どうでもいいって思ってたわけじゃないんだろうけど、怖くて向き合えなかったのは、私がずーっと見たかった5人の絆は、そんなものだったんだって、What's up?もただのyasuの一方通行だったんだって、それが事実なんだろうけど、裏切られたと思うのはそこなのね。
3人も本当に後悔してると思うし、ファンに申し訳なかったって気持ちもすっごく伝わった。
liveは本当に楽しかったし、楽しませよう、笑わせようって気持ちがすっごくすっごくわかった。自分達が変わろうと、今のままじゃだめだと考えてるのも、見てて本当に辛くなるほど変わりたいって想いは伝わってきた。
今後の活動をどうするのか、何をやるのか何を目指すのかはわからないから、私もまだ納得できないでいる。きっと納得できるようになるには、それぞれが胸をはって、1人でステージに立てた時なんだと思う。
3人には最後のお見送りで「ずっと大好きです。」って伝えた。笑って“ありがとう“ってみんな言ってくれた。
私のファン活動は次のyouちゃんのガッタフレンド横浜でとりあえず最後にします。
大好きなのは変わらないよ。今さら“大好き“が“大嫌い“にはなれない。
でもyouちゃん達がJanne Da Arcを“置く“ように、ファンである私も、“置く“べきだと思うのね。
見守ることはたぶん辞めれないと思うからそれだけは許してね。
まっさらな1人のミュージャンとして、もう一度好きになって、もう一度ファンになりたい。
それまではお休みすることにします。
Janne Da Arcは永遠です。
いつか、“We are Janne!“ってliveで叫びたかったな。