男に甘える | 僕、オカマじゃないよ。

僕、オカマじゃないよ。

中性的な容姿の自分が美少年に恋したり、ストーカーにあったりの人生を書いた半生記。
同じような人が読んで少しでも共感してくれれば嬉しいです。

前記事で、N君のことを色々書いたけれど、要するに私に甘えていたのだと思います。


男が男に甘える


考えて見た事がありますか?

この関係では、甘えさせる年上の男性がキーポイントです。

なにしろ、男を甘えさせてくれる男と云うのは貴少価値ですから。



アキ君やN君が甘えて来たのは、私が彼らを甘えさせる年上の男性だからです。

これは、甘える経験をした事が無ければ判らないのでは無いか?

と思っています。


東京時代前半の2年間は、どっぷりとAさんに甘えていたので、彼らを甘やかすのは簡単でした。

それに、実は東京時代の後半には、私に甘えてくる可愛い子がいたのです。

まるで、摩耶峰央の描くラシャ-ヌのような 「こまっしゃくれた」 男の子でした。


私も甘えるよりも、甘やかす年齢になったということです。

「男に甘える」 ということ。

私は、大切な経験だったと思っています。


「男は強くあるべきだ!」 「メソメソするな!」 「甘えた事をいうな!」


そういう期待を背負って生きる男達。

当然、女性も男性に男らしさを期待してます。

それでは、本当の男らしさとは何でしょう?

強がって、無茶を繰り返す事では有りません。



Aさんなんか、外見は中性的でしたが。

中身は結構、芯が強い人でした。

愛情をたっぷりと受け入れて育った人は芯が強い。



そういう人を実見した事があるでしょう?

ブレない視線! これが大事だと思った事を、迷わず選択する潔さ。

愛情をたっぷりと受け入れて育った人に共通する強さです。



それに、愛情をたっぷりと受け入れて育った人は、人を信じることが出来ます。

人を信じることが出来ない人間。

結局は自滅する事になりがちです。




「男に甘える」 という事は、少し違うのかも知れないけれど・・・・・・

私は今でも、Aさんに甘えていた頃を思い出して、笑ってしまう時が少なく有りません。

逆に、甘やかしていた事は余り思い出しません。



「男に甘える」 ということ。

私は、大切な経験だったと思っています。