故郷に帰る | 僕、オカマじゃないよ。

僕、オカマじゃないよ。

中性的な容姿の自分が美少年に恋したり、ストーカーにあったりの人生を書いた半生記。
同じような人が読んで少しでも共感してくれれば嬉しいです。

母が入院する事になって、私はBL小説にも、こちらにも書いたように帰郷する事にしました。

母の病気は手術が必要で、それなりに大変だったし、手術後の回復も時間が掛かりました。

それでも、今では病院通いをする事もなく、一反歩もない畑で野菜を作っています。

帰郷して、良かったと思っています。


私が帰郷して就職した会社は、前職と同じようにメーカーでした。

職種を話してしまうと、バレテしまう可能性が有るので云えませんが、ハイテクメーカーです。



帰郷して車の免許を取得して、新しい会社に勤め始めました。

26才で帰郷。

帰郷して故郷に馴染むには、28才くらいまでに帰郷するのが良いでしょう。

30才を過ぎてしまうと、遊びに誘いずらいし、遊ぶ相手が限定されがちです。

私は昔から「〇〇ちゃん」と呼ばれていて、私の家の事も「〇〇ちゃんの家」と言われてるくら

いでしたから、故郷には、すぐ馴染みました。

数年後には、ジュンも結婚して帰郷したし。

昔からの友達や、新しくできた年齢の離れた友達もできて、スタートは順調でした。



私は26才になってたし、そろそろオカマと呼ばれる事からは、卒業したかった。

しかし、地域対抗のバレーボール大会に出場すると、対戦チームのメンバーに明らかに私を見て

イライラした顔をしている人がいます。

そういう人は、今迄も出会いました。

「このオカマやろう!」

心の中で、叫んでいるのでしょう。

それから、友達の誕生日パーティーに行くと、私の短パンから出ている無毛の白い太腿をジッと

凝視する男性がいたりします。

私と知り合いだったし、爽やかな印象の人だったので不快とまでは行かないけれど。


「やっぱり、これは如何し様もないな」


と思って諦めました。



私は、このブログに書いた他にも、8人くらいの美形と仲良くなりました。

でもこの8人と、このブログに書いた10人は比較になりません。

それほど特別な10人だったのです。

入った会社でも、すぐに美形の友達ができました。

それでも、エノキダやAさんのような人とは巡り会えなくて・・・・

「少し残念だな」

と思っていたのです。

やはり、彼らのような美形は中々お目にかかる事はできません。

「これが普通なんだ」 と諦めていたのです。



ところが、居たのです。

入社して、1ヶ月くらい経った朝の朝礼でした。


「なんだ、この子は!」


吃驚したのを憶えています。

私の理想の美少年が其処に居たのです。