私が入社した頃はAさんは仕事が暇でした。
仕事を干されていたとかじゃなく、むしろ逆でした。
Aさんはその当時、私を入れて4人のメカ二ズム開発グループのリーダーをしておりました。
他にはKさん、Mさんがそのメンバーでした。
今で言うM0。光磁気記憶装置を開発しているところだったのですが、メカ二ズムには問題が今のところ無
いので暇なのでした。
その当時は研究開発部では磁気ヘッドと光磁気記憶装置の開発をメインにしていました。
Aさんは入社後4年間に量産部隊でヒット作を連発して実績を上げると、新設された研究開発部のメカ二ズ
ム開発のリーダーとして抜擢されたのでした。
ですから歳は27才と若かったですが、メカ二ズム開発の実績としてはトップの評価を受けていました。
実質的にはメカ二ズム開発課の課長のようなものでした。
私の最初の教育担当はKさんでした。
しかし入社3年目のKさんではいろいろな場面で物足りなく感じることも多々ありました。
また、Aさんは仕事が暇でしたのでよく私の面倒を見てくれました。
そうしているうちに、私の教育担当はAさんに変更される事になったのです。
Aさんのすぐ隣に机を移動させた時の言葉が忘れられません。
ホントに嬉しそうに云ったのです。
「やっと来たかー」
待ち切れなかったように。。。。
Aさんはたぶん次の日には忘れていたでしょう。ホントに無意識に出た感じの言葉でしたから。
私はその時のことを ”よーく憶えています” Aさんに云われて嬉しかったので。
しかし、Kさんの手前喜ぶわけには行きません。
「よろしくお願いします」と静かに返事をしました。
やはり教育担当を変えられるのはKさんにとってはショックだったと思います。
”君には無理”と云われたようなものですから。
Kさんは人が良くて人気も有りましたから私を悪くいう人も何人か居ました。
しかし、私は知っていました。課長に変更を進言したのはAさんで有る事を。。。。
Aさんは前記事の山本さんの時のように、欲しいと思うと手段を選らばないような所が少し有りました。
今回も悪い癖が出たのでした。
しかし、不思議なことにAさんは悪く言われないのです。
それだけじゃなくて、Aさんの悪口はどこでも聞いたことが無いのでした。不思議な人でした。
Aさんは待ち切れなかったように云ったけれども、それは子供がどうしても手に入れたいオモチャを手に入れ
たのと同じだということは判っていました。
私が望んでいる気持ちとは雲泥の差が有る事も。