久々に、かつてのお店友達に会った。
北海道へ帰ってしまってから2年。相変わらず、さちこはさちこだった。
ただ、一緒に働いていたころとは違って二人の間には表現のむずかしい違和感が生まれてしまっていた。
まるで「時差」が生じてしまったかのようだ、とでも言おうか。
私は夜働きつつも、なるべく夜型にならないように努力している。
対して彼女は、明け方よりもっと後、朝日が高くなるころにやっと寝ているとのことだった。
私はあの頃と違って、お酒を飲むこともかなり減った。
けれど彼女は、深夜にけっこうよく飲んでいるとのこと。
大した違いじゃあないかもしれない。けれど長い目で見れば、大きな違いかもしれない。
こんなことで「気が合わなくなった」とは思わない。
けれど、どこかに常に申し訳なさを感じながら接するのは、心地いいことではない。
浦島太郎じゃないけれど、生きる上で生じる「時差」で、人との付き合いはこうも変わってしまうのか。
今日いちにちをどう生きるか、考えながら生きなきゃいけないと感じた再会だった。
北海道へ帰ってしまってから2年。相変わらず、さちこはさちこだった。
ただ、一緒に働いていたころとは違って二人の間には表現のむずかしい違和感が生まれてしまっていた。
まるで「時差」が生じてしまったかのようだ、とでも言おうか。
私は夜働きつつも、なるべく夜型にならないように努力している。
対して彼女は、明け方よりもっと後、朝日が高くなるころにやっと寝ているとのことだった。
私はあの頃と違って、お酒を飲むこともかなり減った。
けれど彼女は、深夜にけっこうよく飲んでいるとのこと。
大した違いじゃあないかもしれない。けれど長い目で見れば、大きな違いかもしれない。
こんなことで「気が合わなくなった」とは思わない。
けれど、どこかに常に申し訳なさを感じながら接するのは、心地いいことではない。
浦島太郎じゃないけれど、生きる上で生じる「時差」で、人との付き合いはこうも変わってしまうのか。
今日いちにちをどう生きるか、考えながら生きなきゃいけないと感じた再会だった。