客商売は、お客さんがいないと立ち行かない。

昨日は11時に来ると言っていたお客さんが、結局閉店一時間前の1時にやっと来た。

こちらは夕方からスタッフと打ち合わせをしていて、

私「今日は〇〇さんが来ます!(どや) 」

スタッフ「何時くらい?」

私「聞いてみますね」

・・・

ス「〇〇さん、どうだって?連絡きた?」

私「まだ来ないです(--;) 」

・・・・

ス「連絡きた?」

私「あ!来ました!!11時に来るそうです!(どや) 」

0時・・・

スタッフ「〇〇さんは?」

私「連絡来ないです(--;) 」


待ってる方はずーっとそのつもりで待ってるんですー!!

いくら小娘ひとり相手と言っても、その裏ではスタッフが何人も、それから接客のために勤務時間をのばして残ってくれている女の子も何人も、神経すりへらして待ってるんですー!!

それがイヤなら、キャバクラじゃなく銀座のクラブなんかで働けばいい。

でも、そういう問題ではなくどんな地域の店にしても

「金を払ってる客が全てだろ」っていうわがままな姿勢が出るのは、なぜなんだ?

働いているのも人間だし、そもそもその人間たちに会いにいくのだ。

相手のことを考えないでどうして楽しみだけを享受しようっていうんだろう?

「金さえ払えばいい」なんて考えている人間は、キャバクラにもレストランにもファミレスにも立ち入れなければいい。

そういう法律ができればいいのに。

義務教育でそういう授業をすればいい。

「もてなし」は得意だが「もてなされ」が苦手な日本人は、未来永劫もてなす側にしかなれないじゃないか! 



自分の、心の悪さを実感した。

そんな日だった。

ケータイを落とし、約束していた人との連絡を取らなかった。

取れなかったと言いたいところだけれど、もっと優先順位を冷静に考えていればもっと早く連絡できたはずだ。

やっとメールを送れたものの、まだ返信がないことで

とんでもない自己嫌悪に陥っている。

けれど自分の悪いところは、もっと深刻な部分にある。

この状況で、胸が高鳴ってしまうところだ。

「私なんか、愛されるべきじゃないと思うの。

あなたも、こんな私には愛想をつかしたでしょ?

もう、わたしのそばから去ってしまうでしょう?

それでよかったのよ。

私は誰にも、愛されない存在。」

こんな心裡が沼の奥で高笑いしているのだ。

なにが自己嫌悪!

約束の場所へ足を運んで、ああ、会えなかったなんて悲劇のヒロインを演じるなんて

なんて愚かなんだ!

それでまた一つ、闇を抱えるのかい?

抱えた闇を眺めて、安堵するのかい?

自分は、いつまでこんな愚かな生き方を続ける気なのだろう。




今月は誕生月だ。

店から売り上げの目標を掲げられ、達成しないと居心地が悪くなる。

しかも年末やなんかの書き入れ時と違い、誕生月は個人のホステスがターゲットになるからタチが悪い。

スタッフや他の女の子によるプレッシャーに耐えつつ、

ふだんより多く出勤するという苦行にも耐えなければならない。

1か月間も。

拷問だ。

や、修行僧だ。

そして明日から、修行が始まる。金曜という最適な日取りである。

さて、今日はどう過ごすのか?

最後の晩餐とでもいおうか。

静かな、穏やかな時間を過ごすべく、私は神田へ行く。

今夜一晩で1か月分の煩悩のすべてを発散しなければならない。

静かに穏やかに、超特急で煩悩を発散して帰ってこなければならないのだからオオゴトである。

ものすごい集中力、忍耐力、瞬発力等々さまざまの体力を必要とする。

煩悩を発散するのは楽ではない。大儀だ。

私が神田へ飲みに行くのはとどのつまり、ほんとうは大義でしかたないのだ。

さーて。

そろそろメイクでもしよっかな♪ルンルン♪