この前友達が泊まりにきた。
そいつはここ三年間携帯というものに興味がわかず
持つことを嫌っていた、、
でも久々に会ったら、携帯中心の世界になっていた
朝起きたら携帯を見て連絡がきていないか確認して
連絡がきたらすぐ返す
僕はその様子をみて寂しさを感じた

今はなんて楽なんだ
携帯が有り、FBやTwitterがあり
気軽に人の気持ちがわかってる気がする
便利な世界だな


便利になればなるほど
人はがんばりを忘れて行く気がする
アレが欲しい、これが欲しい
そのために作り出されて行く便利グッツ

使ってれば楽、時間短縮、
なんてすばらしいものなのでしょう
ただ、そのぶん何かに手間をかける喜び
そんなんが失われて行く気がする

アレが欲しい、これが欲しいで簡単に何でも手に入る
人間関係ってそんな簡単にはできてない気がする
もっとすてきで、何かかけがえの無いものだから
焦ったり、話してるときにドキドキしたり
相手は何考えてるのかなって考える

だから浅く広くで生きてたら
こんなことはできない

携帯で簡単にメールができて、FBやブログ
そんなんで相手のことを分かった気でいる
それはただの思い違いな気がする
一度携帯というものから何日かはなれて
不便さを味わったら
なにか 新たな発見ができると思う

最初に人と関わった時
携帯なんか使っていない
あの純粋だった頃に戻って感じてみる

久々に誰かに手紙を書いてみよ
てを使って、汚い字で、なにか表現してみよう


そんなことを
朝日を見ながら思た
嘘ってなんだろう

嘘ってつかれると辛いのに なぜか付いてしまう

嘘つくから、嘘つかれて

嘘つかれて、嘘つく

嘘は消えないんだろう、

でも 昔の人はこの嘘と言う言葉が嫌いで

冗談ってつくったのだろうか

冗談って言葉では嘘より優しくなるけど

実際は嘘となんだかわらないってことなんだよね

でも 時にはうそを付かなきゃ行けないことって

こんなにもあるのかなって思う

誰も傷つけたくないと思って付いたり、

内緒の話を隠すために付いたり

でも実際 嘘付くって意外に勇気がいる

ばれたらどうしようとか、そのためにまた何か嘘を考える

嘘を考えると うまい嘘が思いついた気がする

その嘘をかばうために さらにうまい嘘を考える

ここまで考えると 人間が持って生まれ能力なのかもしれないと思う

クリエイティブに、想像を膨らます

悪く言えば 妄想を膨らます、

妄想が得意な人ほど、うまい嘘やその場に応じた言葉がでてくるのだろう

でも 現実と妄想を混ぜたら、自分が傷付いて行く気がする

だから 実際嘘をつくということは 本当は

想像を膨らますという部分では大事だけど

自分を傷つけている、ここまでくると自分にとって大事な方をとればいいと思う

どちらにしろ、人生には大事な物だ。

嘘というものに向き合えるかどうかだと思う

嘘と付き合って行く、すてきだと思う

でも人を信じるってことは忘れたくないと思う。

こんことを描いてみたいと思ったある日の夜でした。
なんか寝れないんだよね

時差ぼけですかねw 

こんな時間(深夜1時)に何を思でもなく

一人B’zのDVDをみていやされてる

なんか 最近いろいろと思うよね 

こんなにも夢が確立できたのはうれしい 

そしてそれに協力的な大人たちがいて嬉しい

寂しいときに笑い合ってくれる仲間がいてうれしい

お酒を飲んで愚痴を聞いてくれる人がいてうれしい

こんな幸せな夏休みでした

日常的に当たり前だったお金自分で稼いでみると意外になかなか溜まんない

だから簡単に溜まる方法を考えて実践してみた

金は溜まるが、人としての心が消えて行くのを感じた

金を貯める楽しさは人とふれあいながら貯めることが一番だって感じた

そこから足をつかって 動き回る 

汗なんって こんなにもあるのかって思った

ノーマルに生きることが一番の幸せなのかもしれない

たまたま僕は今までの人生の中で二つの街を感じた

一つ目は 街を歩けば欲しい物がある街

二つ目は 何しても、考えても欲しい物が無い街

どっちらにも魅力がある

何でもある街は 簡単に幸せが買える気がした

欲しい物がなかなか無い街は 自分で幸せを探さなきゃ行けない

どちらにしても 自分が好きなのは どちらでもない

やっぱり人は欲望の固まりなんだと感じた

手にした物なんかには だんだん気持ちは薄れていくんだなって

だから今 僕が求めてるのは たまに欲しい物が見つかる街

こんな寂しい物なんだなって 感じた

あこがれの街に住めたら幸せだけど

またそこからあこがれの街が生まれて行く

好きになっていくほど 嫌いになっていく そんな感覚なのかもしれない

って感じた 

これもいい 夏の思いでとして。。。。