逆は真なり | 神様との奇跡の出会い

神様との奇跡の出会い

全く霊感もオーラも見えないただの人間が、半分スサノオさまが入った師匠との出会いを振り返り、私に起こった奇跡を書いてみたいと思います。

今日、むかっとくることがあった。ラインのやりとりで、私は仕事上で至極全うなことを言ったつもりだが、それが部下にとってはこき使われていると思ったのか、「鬼」と言われたのだ、しかも鬼のイラストまでラインで送りつけてきやがった。

 反応してはいけない。嫌われろとあれだけ師匠から言われたのにかかわらず、せっかち+いい人と思われたい「見栄っぱり」の自分がつい顔をだし、「鬼って言わないで」と返信してしまった。

 それをくよくよ悩んでいたら、師匠から電話が入った。師匠に話したら一喝。「なんですぐに反応するんだ。泰然自若とあれだけいったはずだろ」。そうかあ。すぐに反応してしまう癖はまだ治っていない。

 そしたら、師匠がこういった。「あなたは二重人格なんだよ。いいか、二つの人格があっていま、それが葛藤しているんだよ。これまでの見栄っ張りでせっかちな自分という過去を新しいいまに刷新しようと、いま、クリーニングをしているんだ」。

 息子の場合は、汚れていないクリーンなテープに新たな記憶や経験という情報を入れていくだけなので、すぐに結果が出るし、良くなるという。でも私の場合、過去のしがらみがこれまでの人生のテープを埋め尽くしてしまい、その過去の悪しき癖をまず、きれいにしないと、師匠がいう泰然自若とか余裕とかは入ってこないというのだ。

 本当に私は、なんですぐに物事に反応してしまうんだろう。ただ、起こる事象をじっくりゆっくりと眺めてから反応するかどうか考えても遅くはないのに。だのに、母から受け継いだあのせっかちがまだ自分のDNAに刻まれているかと思うと本当に嫌になる。おぞましい。なんで、身につかないんだろう。自分をやっていて嫌になる。

 そして師匠が教えてくれたのは「逆は真なり」という言葉だ。後輩が私のことを鬼といったとき、それは最上級の誉め言葉だと受けめよと。

 嫌われること、いやだなと思うことこそラッキーだとおもえと。そうかあ。今度、鬼と言われたら「ほ、ほ、ほ。上等、上等」と返すくらいの余裕がほしい。

 手に「泰然自若」と「見栄」と書いて、明日から会社に行くことにする。