ゆとりを持つ練習 | 神様との奇跡の出会い

神様との奇跡の出会い

全く霊感もオーラも見えないただの人間が、半分スサノオさまが入った師匠との出会いを振り返り、私に起こった奇跡を書いてみたいと思います。

先のことを考えると、不安が頭をもたげてくるので、とにかく今を大切に生きることにした。で、昨日、以前から新聞販売店のサービスで格安になった稲垣潤一のコンサートに行ってきた。これまでは一人でコンサートに行くなんて躊躇していたが、知人とか夫を誘っても共感できないし。一人で行くのが一番と思い、行ってみた。

 ら、本当に稲垣はよかった。声が全く20年前と変わっとらん。本当にきれいな声。あの高音がきれいで一番後ろの席で聞いていても、うっとりするようだった。これも余裕を持つ練習の一環だ、

 なぜ稲垣かって?それは夫と付き合う前に、大学のころに前の彼氏と車の中でカーステレオで聞いていた音楽だったから。彼のことは本当に好きで好きでたまらなかった。でも、結婚をあせるあまり、嫌われてしまった。彼は私のような仕事を持つ女は好きでななく、家庭を守る女が好みだったのだ。それで最後は車の中で言い合いになり、赤信号で私が車のドアを開けて逃げるようにわかれた。そのころ、私の中ではきっと彼は私のことを追いかけてくれるだろうという打算もあった。逃げる女、追う男ーー。勝手に妄想を膨らませ、追いかけてくれそうな駅で待っていた。来るわけない。それで友人の家に電話をかけ、友人の家でぼろぼろ泣いた。22歳のころだ。

 あれから20年以上がたち、彼にはずっとあっていない。フェイスブックをのぞいたら、彼は離婚していることが分かった。お友達申請してみようかと思ったが、やめておいた。今になってはいい思い出、ちょっと切ない思い出のままのほうがいいような気がして。

 稲垣の「1969の片思い」とか「バチェラガール」を聴きながら、本当に懐かしく、彼の着ていたシャツのにおいとか、整髪剤のにおいとか、車のにおいまで思い出せそうな気がした。