かんしゃ -2ページ目

医療事務

医療系の仕事につきたくて、医療事務の勉強をして資格をとった。


昔から病院にお世話になる事が多かったから看護師はもちろん憧れた。

だけど、血とかキズ口とか本当にダメで。

人に針刺すとか以ての外で。


だから、高校生の時に医療事務の勉強したくて専門学校探して受験して。

専門学校で必死に勉強して。

難しい事も多かったけど大好きだった。

医療事務の仕事が出来るもんだって、ずっとずっと思ってた。

 

就職試験が始まって、あれよあれよと周りはいなくなり、最後らへんになると5人ぐらい。

受けても受けても受かる日はなかった。


事務は病院の窓口、顔になるからって。


半分しか笑えないんだもん。

そりゃ気持ち悪いよね。


私が落ちる度に、両親、特に母は辛かっただろなぁ。

 

結局、医療事務の仕事にはつけなかった。


家族の付き添いで県内トップの病院によく行くけど、愛嬌、愛想じゃないんだよね。

結局は顔なんだよ。

愛想よく窓口に立ってる人なんていないし、逆ギレ気味で対応してる人もよく見る。

けど、皆可愛かったり綺麗だったり。

そこだよね。

結局はそこなんだって思うと、私のあの時間はなんだったんだろうって思う。

時間もお金も無駄になった。


どうせなら、専門学校受験の時点で不良物件なんだから落としてくれたら良かったのになーとかも思う。


自分の病院に行った時も、事務の人達見ると本当に羨ましくて。


いいなぁって。


はーあ。


私の夢、頑張っても叶った事あったかなぁ。


いろんな人間いるけど、同じ血流れてもこんな違うもの?

祖父は、私が小学生の時に亡くなった。


大好きな大好きな祖父。 


入院してたから、休みの日にじいちゃんに会いに行くのが楽しみで、それが当たり前だった。

車で1時間ちょっとの病院だった。

でも、全然苦じゃなかったし、じいちゃんに会うのが何より楽しみだった。 

じいちゃんと会った最後の日は、じいちゃんとじゃんけんをして、どっちかが3回勝った後にバイバイってした。  

それが最後だった。

小学生だったけど、はっきり覚えてる。


亡くなった知らせが入った時には、学校に行く準備をしていて、本当に悲しくて悲しくてたまらなかった。

もう1人のじいちゃんは、幼稚園の時だったから、はっきりとした気持ちは覚えてないけど、小学生の時に亡くなったじいちゃんが亡くなった時には、大切な人がいなくなるのはこんなにも辛く悲しいもんなんだって切に感じた。


1つ上の従姉妹に、火葬場で、じいちゃんいなくなって寂しいねって言ったら、じいちゃんは痛さから解放されて楽になったから良かったじゃんって返されて。

確かにそれはそうだけど、悲しみの方が増さない?


母は祖父が亡くなってから、毎晩泣いて、机叩きながら悔やんだり悲しんでいた。

大切な人と別れて辛いから。


それから15年近くたって父方祖母を自宅介護して看取った。

悲しくて寂しくて泣いてばかりいたから、周りの人に、心配して先にあがれないよって言われながらの生活だった。

だけど、未だに、あれしてあげれば良かった、これしてあげれば良かったってよく思う。


そして今。

母方祖母の介護問題で姉妹大モメ。

病気なら仕方ない。

でも、認知もないし、頭もしっかりしてるけど、自分では生活出来ない状態。

従姉妹の母親は、義父母を施設に預けて亡くしたから、旦那に自分の母親を介護するのが申し訳ないそう。

もう1人の伯母は他県にいて、もう帰ってくるからを何年も言って帰ってくる詐欺。


自宅からばあちゃんちまで、車で2時間以上かかるから、私たちも毎日通うことは出来ない。

いっその事、うちに連れていくと言うと、近所が笑うと言う。

派手にリフォームしたばっかりなのに、施設に入れると言い出した。

看る気がないのに何故リフォームなんてしたのか?

それこそ近所が笑うし、お金の無駄。


きっと伯母達は、大事な人たちと別れた事がないんだろうな。

別れた事があっても、大したことないんだろう。


いなくなったら、会いたくても会えない。

移住が出来たら1番いいんだけどなぁ。


ばあちゃんの側にいたいなぁ(´;ω;`)

断捨離

今断捨離中で、そのまんまにしてた場所とか掃除し始めて。


もう、捨てられなかった物とかもたーくさんで。

けど、ずーっと見てないんだからいらないってことだから、ありがとうって言いながらゴミ袋に詰めてます。


でも、手が止まっちゃう瞬間ってありますよね?


うちは、姪が2人いて、女の子だったから、工作とかも大好きで色々出てきて。

ちなみに、姪が幼稚園、小学校低学年で離婚したから、5年以上会ってない状態です。

1度会ったけど、上の方はギリ覚えてる感じだったけど、下の子はほぼ記憶がないようで。

あの瞬間はものすごく悲しかったなぁ。

そんな姪達が書いた絵とか物とか、写真とかどっさり出てきて。

物とかも、その時はワイワイ言いながら一緒に楽しんで作ってたけど、私の記憶にはあっても、あの子たちの記憶にはないんだなって思うと虚しくなった。

ホント、あの時の時間ってなんだったんだろうって思う。


見ないし、虚しいし。

悲しいし。

だから、ゴミ袋へ入れました。


写真は、結婚式のと、兄夫婦が映ってる写真は全てシュレッダーにかけました‪w

結婚式のとかも見てるとさ、ホント人生って何があるか分かんないなーって改めて思うよね。

なんか笑えてくるよ‪w


ちなみに、姪達の写真はシュレッダーにかける勇気がないから、今度贈り物するタイミングの時にアルバムに詰め込もうと思ってます。

捨てるなら捨ててくれていいし。

私は捨てれないから。


今さ、離婚する夫婦も多いって言うから、その分に、同じような思いしてるじいちゃんばあちゃんや、おじおばも沢山いるんだよね。


離婚が決まって会えなくなった時は、家族皆が静まり返って悲しんで悲しんで悲しんでたけど、時間はある程度解決してくれてるよね。

悲しくない訳じゃないけど、割り切れるようになってきた。


いま辛くて悲しくて仕方ないじいちゃんばあちゃんや、おじおば立場の皆さん!


大丈夫大丈夫!


寂しくても、笑える日はきっと来るよ✨


けど、記憶の断捨離がスパッと出来たらな~とか思うよね(笑)