「東海道五十七次を辿ってみませんか?」と、ラン友さんから誘われて、興味があったので一緒に走ってみることにしました。
京都の三条大橋を終点とする「東海道五十三次」の大津宿から分かれて、伏見宿・淀宿・枚方宿・守口宿と続き、大坂の高麗橋を終点とするのが、東海道五十七次(別名 京街道)です。今年の初めに、NHKTVの「ブラタモリ」でも紹介されていましたね。
この日前半の行程。
5月28日水曜日。通勤客が行き交う朝8時に北浜駅に集合し、高麗橋からスタートしました。
橋の袂には、街道の基点となる「里程元標(りていもとひょう)」があった跡を示す石柱が建てられています。
土佐堀通を東に進み、天満橋の袂に到着。ここは「八軒家浜(はちけんやはま)」(地図①)と呼ばれる場所があり、江戸時代から現在に至るまで船着場として利用されています。
ちょうど、毎週水曜日の8:30から行われている「はちけんや体操」の日だったので、準備体操代わりに一緒に体を動かしてみました。
土佐堀通りの昆布屋さんの前には、船着場跡を示す碑が立っています。
そのまま東に進んで、京橋駅へ。JRの高架には京街道の文字が。(地図②)
商店街のアーケードを進みます。
入り口には有名な「真実の口」があり、いつも時事ネタを呟いていますが、この日はやっぱり「米騒動」がネタでした。
商店街の途中にも「京街道」を説明する碑があります。
商店街を抜けた先にあった「榎並地蔵」。京街道を歩く人が旅の安全を祈ったであろう地蔵さんに、われわれもお祈りしておきました。
この辺りから、道が複雑になってきます。案内図を見ながら街道を外れないように進みます。
大阪メトロ野江内代駅の近くにある「野江水神社」に立ち寄ります。名前の通り、水の神様だそうです。
旧街道にはこんなプレートがよく埋め込まれているので、迷った時には参考になりますね。
千林商店街の入り口にある「甘味処 角屋」でアイスでもと思ったのですが、まだ開店前でした。
千林商店街の入り口にも京街道の文字が。(地図③)
まだ開店前の店が多い商店街を抜けて、大阪市から守口市に入ります。
守口で見逃してはならないのが、この「文禄堤」の跡。(地図④)豊臣秀吉が大坂城と伏見城を繋ぐ最短ルートとして整備した堤防です。現在その面影が残っているのは、この守居橋周辺のみだそうです。向こうに見えるのは京阪電車の高架です。
街道の風情が残る道にはこんな幟もあり
解説板もあちこちに。
高札場跡も復元されていて
古民家を改装した BUNROKU カフェまでありました。
守口市内でも数少ない史跡になる、「大塩平八郎ゆかりの書院跡」の碑。
その近くにある難宗寺は蓮如上人が創建したと言われる寺。
境内にある高さ25mの大銀杏は、大阪府の天然記念物だそうです。
守口宿までもう少しという「一里塚」も残っています。
市街地を抜けて、いよいよ淀川の土手に上がります。ここまでで約13km。お腹が空いたので、軽く食べてから先に進みます。
その②に続く。



























