映画「ドライブ・マイ・カー」がアカデミー賞を獲ったからではありませんが、映画の脚本の元になった作品を読んでみました。私は村上春樹のファン(俗にいう”ハルキスト”)ではありませんが、なぜか映画を見終わったあと気になって、図書館に予約をしてしまったのです。それがこのタイミングで回ってきました。
映画のおかげ?でこの本がよく知られるようになってしまいましたが、長編小説ではなくて6つの短編小説からなっています。そして、(これも映画の解説でよく書かれているように)この内の3つの短編小説が、映画の脚本の元ネタとして使われています。
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・「ドライブ・マイ・カー」
タイトルのとおり、この小説が映画のバックボーンともいうべきものですが、映画はそのままなぞるのではなく、細かいところで少しずつ変えられています。
主人公である俳優の家福が女性ドライバーを雇うところは原作そのままです。彼女が運転する車が、原作では黄色のサーブ900コンバーティブルですが、映画では”赤い”サーブ900”ターボ”でした。どうやら様々な事情で、原作通りの車が調達できなかったようですが、赤い車体が映像を象徴的に絞める感じで却って良かったと思います。
家福が劇場と家と往復する間に台詞のカセットテープを流す件とか、妻が若い俳優と不倫をしている件とか、バーでその浮気相手の高槻と亡くなった妻のことを語り合う場面とかは、ほぼ原作のまま。
一番大きく違うのは、原作ではドライブするのが都内なのに対して、映画では広島が舞台となり、後半ではみさきの故郷である北海道までドライブするロードムービーになっているところ。
原作は、村上小説によくあるように、良く言えば読者に結果を委ねる形で、悪く言えば曖昧で中途半端のままで終わっています。それぞれ良さはありますが、私は原作の方が好きかな。
・「イエスタデイ」
題名は言うまでもなく、ビートルズの超有名曲から取られています。関西の芦屋出身なのに関西弁を一切話さない大学生と、東京の田園調布出身なのに完璧な関西弁を話す浪人生の物語、浪人生が風呂場で歌う「イエスタデイ」の替え歌から話が膨らみます。
浪人生の友人が主人公に、自分の彼女とデートして欲しいという奇妙な依頼をした時から、二人の人生がズレはじめます。一風変わった考えを持つ浪人生は、女性である彼女の思いを上手く受け止められずに別れてしまいます。
ストーリーとしては一番わかりやすく、これを2時間くらいのTVドラマにしたら、案外面白いかも?と思いました。
・「独立器官」
主人公は独身の美容整形外科医である渡会。人当たりが良くそれなりの風貌でお金もある彼は、結婚願望もなく常にNo.2の恋人という立場で女性と付き合っていました。そんな関係をトラブルなく過ごせたのは、彼のクリニックで働く優秀な男性秘書がいたからです。
しかし彼は突然深い恋に落ちてしまい、それが元で精神的に不安定な状態になってしまいます。そして、その女性に騙された(上手く利用されただけだった)ショックで拒食症になり亡くなってしまいます。
題名の「独立器官」というのは彼が名付けた言葉で、全ての女性には嘘をつくための特別な独立器官のようなものが生まれつき具わっている、いう話から来ています。
こういうと差別とか偏見とか言われそうですが、そういう「器官」は別に女性だけでなく、男も具わっているんじゃないか?と思うのですが.....。
・「シェエラザード」
題名は有名な「千夜一夜物語」に出てくる王妃の名前。それと同じように、ベッドで不思議な話をする不倫相手に付けた名前が「シェエラザード」。
彼女が「私の前世はやつめうなぎだったの」と語る場面が、映画では最初の方に主人公の家福と妻のベッドシーンに使われています。ただし、小説ではその女性の高校時代の奇妙な性癖へと話が広がり、これといったはっきりとした終結のないまま、終わります。
まるで全てが白昼夢であったかのような思いを抱く男は、ある意味「女のいない男」のひとりだったかもしれません。
・「木野」
妻が後輩と不倫をしているのを目撃したのを機に、会社を辞めた主人公の木野が営む、場末のバー「木野」にやってくるひとりの男。この妻の不倫の場面が映画の一シーンに取り入れられました。
そして、いつもカップルでその店にやってくる女性との不思議な関係。それに続く妻との円満な離婚協議。しかし、それから少しずつ安定していた彼の生活が揺らいで行きます。
心理描写と風景描写が奇妙な形でシンクロする、村上ワールド全開の短編です。たぶんハルキストが一番好きな小説かもしれません。
・「女のいない男たち」
他の短編小説が雑誌に掲載されたものに対して、作者が前書きに書いているように、これは単行本にするにあたって書き下ろした作品です。
真夜中に突然かかってきた電話は、主人公の中学時代の交際相手の女性が自殺した事を告げる、彼女の夫からのものでした。そこから「女のいない男たち」に発想を飛ばして、様々な考察が繰り広げられます。全体をまとめようとする短編ですが、あまり物語性はなく説明みたいになっています。
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全編に共通するのは、女に興味のない男たちの物語ではなく、女を無くした男たちの孤独が描かれているという事。(「シェエラザード」は違いますが)男の私にはなんとなく理解できますが、女性が読むとどんな感想になるか聞いてみたいですね。
村上春樹の短編集は初めて読みましたが、私の中ではやっぱり「ノルウェイの森」や「1Q84」などの長編小説の方が好きかな。