「冷血」というタイトルで思い出すのは、アメリカの作家トルーマン・カポーティの小説です。
アメリカの片田舎の農場主とその家族の四人が流れ者の二人に惨殺されたという、実際に起きた凶悪事件を元に、事件前後の犯人の言動、関係者の証言や事件後の人生までを丹念に書き綴ったこの小説は、ニュージャーナリズムの元となり、彼の最高傑作とされています。
でも、今回読んだのは高村薫の小説「冷血」。タイトルからカポーティーの小説をベースにしているのがわかります。
設定を日本に変えて、歯科医の一家四人がネットで知り合った若者二人に殺されるというストーリーになっていますが、そこは社会派小説の作家である高村薫。ただ単にカポーティの真似をしたわけではなく、彼女独特の筆致で事件を丹念に追っていきます。
第1章「事件」
事件の背景となる歯科医家族の生活ぶりや、犯人たちがお互いを知り合ってコンビニ強盗などを重ねてゆくまでが描かれます。
第2章「警察」
強盗殺人事件が詳しく描かれると思いきや、突然事件後の遺体発見から始まり、ここで登場するのが高村の警察小説シリーズの主人公合田雄一郎刑事。彼の目線で、臨場から捜査本部の設置、合同捜査の様子が時系列で書かれます。
第3章「個々の生、または死」
あっけなく捕まった犯人たちの取り調べや供述書を合田が読み解くというスタイルで、犯行の不可解な動機や心理状態が、徐々に浮かび上がってきます。
いつものことながら。高村薫の小説を読むのは疲れます。数ページにわたって一面に活字が埋め尽くされた文章を読んでいくのは、読み慣れた私でも今回はちょっと苦痛に感じました。去年の暮れに買った文庫本ですが、少しずつしか読む進められなくて、結局2ヶ月もかかってしまいました。
彼女のことなので、数年に渡って綿密な取材をしたであろうことが伺える丹念な筆致は、事件の再現ドキュメンタリーを見ているようでした。
彼女は関西に住んでいますが、阪神大震災を境に小説の内容がそれまでのエンターテイメント性の強いものから、「晴子情歌」から始まる、現実世界の心理描写や仏教思想による救済が伺える内容に変わっていったのはよく知られています。
2012年に書かれたこの「冷血」も。おそらく2000年に起きた世田谷一家殺人事件に触発されて構想を練ったもののようです。(同じように「レディ・ジョーカー」はグリコ・森永事件、「太陽を曳く馬」はオウム心理教事件が元になっています)
日本の現代小説の中で、私が最高傑作と思っている「マークスの山」のような謎解きの面白さを期待していたのですが、見事に裏切られました。
難解な警察用語が頻繁に現れ、取り調べ調書や録音の再現に至っては、ここまで丹念に書く必要があるの?と思うくらい細かい描写は、正直途中で投げ出したくなるほどでしたが、最後まで読んで、やっぱり高村薫の小説だ!という充実感が残りました。
とはいえ、彼女の小説を読んだことのない人には、あまりお勧めできません。初期の作品をいくつか読んで、彼女の文章スタイルに慣れた後に手に取るほうがいいです。そうじゃないと退屈ですよ。
