晴走雨読な日々〜Days of Run & Books〜

晴走雨読な日々〜Days of Run & Books〜

晴れた日は山に登り街を走り、 雨の日は好きな音楽を聞きながら本を読む
そんな暮らしがいい!

吉田秀和と聞いても、クラシック音楽に興味がないと知らない人が多いと思うので、ざっと経歴を紹介。

 

1913年(大正2年)生まれ。

戦前(第二次世界大戦前)は、小樽中学で作家の伊藤整に英語を学び、

東京の成城高校でドイツ語を習い、詩人の中原中也吉田一穂らと交友。

東京帝国大学仏文科卒業後は、内務省(現文科省)で翻訳業務に携わり、この頃から音楽評論を始める。

斎藤秀雄柴田南雄らと「子供のための音楽教室」を創設(これが後に小澤征爾をはじめ、名だたる指揮者や演奏者・作曲家を輩出した桐朋学園大学に発展)

1953年(昭和28年)頃から本格的に音楽評論活動を開始し、新聞や音楽雑誌に数々の評論を発表。

2006年(平成18年)文化勲章受賞。

2012年(平成24年)98歳で死去。

 

彼の一番の功績は、それまで抽象的な感想や技巧の上手さなどを書いた評論が多かったなかで、演奏の本質や音楽性を深く掘り下げた独自のスタイルを確立したことです。

 

そんな彼の評論の一部や、関係者によるエッセイ、著名な文化人たちとの対談などを、コンパクトにまとめた吉田秀和コレクションという感じのMOOKを本屋で見つけたので、読んでみました。

 

 

彼の音楽評論が他の評論家のそれと決定的に違うのは、例えば演奏の評価ひとつとっても、演奏者の技術的な評価や表現についての感想にとどまらず、文化的な領域まで踏み込んで書かれていることです。

 

これは彼が、(上に書き出した略歴から分かるように)英語・ドイツ語・フランス語に堪能で、たびたび欧米に出かけて一流演奏家の生の演奏を耳にして、加えて音楽のみならず、美術絵画や文学などへの造詣が深かったことが大きく関係していますね。

 

そして、彼独特の文体や語り口が普通の評論とは全く違ったテイストで読む者を引きつけます。

 

彼の文章の特徴をよく表している解説が、このMOOKの中にあるので、ちょっと引用しています。

 

広い間口で、しかも強度を保って、専門的すぎず、素人臭くもなく、ペダンティックな嫌味もなく、知性と教養を感じさせ、ゆとりもあって、我もあって、押しもあって、(中略)即興的な思考の遊びとしか言えないような枝道や小飛躍もうまく使い、でも骨太で大きな道を通してゆくという基本は揺るがず、なるほどなあと頷かせて終わる。

 

この本に登場する有名な文化人の名前を挙げるだけでも、彼の人脈の凄さがわかります。

丸谷才一(作家)

小澤征爾(指揮者)

武満徹(作曲家)

大岡昇平(作家)

大原總一郎(実業家・大原美術館元理事長)

柴田南雄(作曲家)

などなど、

 

福田恒存(劇作家)や小林秀雄(文芸評論家)たちとの座談会なんかは、当時の文化評論家の最高峰が一堂に会するという、今では考えられない組み合わせです。

 

彼の評論の真骨頂は、1983年にピアノの巨匠ホロビッツの演奏について「ひびの入った骨董」と批評したことです。他の評論家が、(薄々は感じていたものの)大御所に遠慮して無難なコメントを寄せる中で、この批評は大きな反響を呼びました。この時彼はすでに70歳でしたが、良いものは良い、悪いものは悪いと客観的に判断して、それをそのまま伝えるブレない態度は最後まで一貫していました。

 

また、古典派やロマン派の音楽家のみならず、現代音楽の紹介や新人演奏家の発掘にも功績があったようです。

 

彼の評論を改めていくつか読み直して、数十年前に彼の文章を初めて目にした時に、こんな音楽の楽しみ方もあるんだ、と感心したことを懐かしく思い出しました。