怠惰少年期



わたしにきっちり260円を返済して、ひとしきり文句を並べた後、沖田は藤澤くんの向こう側に腰を下ろした。

カチ、と聞き慣れた音がして、それからすぐ新しい煙が上った。

ラッキーストライクの匂いにやっと慣れたわたしの鼻を殴るような、あくの強い匂いがする。

わたしがこの匂いに耐えきれなくなるのと、
くせぇ、と吸った本人と藤澤くんがぼやくのはまったく同時だった。


「柊、臭い、あっちいけ」

あからさまに迷惑そうに鼻をつまんで、ぺっ、とあっちいけの手振りをする藤澤くん。

なんでだよ、とにやけながら近づいてくる沖田。

冗談にしろ本気で臭い。



「何吸ってんの、それ。」

そう聞くと、沖田はポケットからひしゃげた箱を取り出して、別に普通ですけどね、と見せた。


いつもの赤マルだった。

だったらなんで、と口を開こうとしたとき、沖田の後ろから知った顔が出てきた。



「すいません、臭いの俺です。」

吉田くんだ。


彼の胸ポケットから中南海のジャケットが見え隠れしている。
とても楽しそうに彼は申告したが、正直臭いのはこいつだけじゃない。



「みんな臭ぇなあ。」


藤澤くんもわかっているのだ。
灰を落としてまたそうぼやいた。


いや藤澤くんだけじゃなくて、みんなわかっている。

臭いのは自分だってことぐらい。



ようやく鼻がなれた頃、吉田くんを混ぜて煙草パーティーが始まった。

他人の煙草をもらって吸ってみては、やれ臭いだの、やれ味がないだの、品評会のようなただのバカ騒ぎだ。
コーラの缶が一杯になった頃には、空腹だったのもすっかり忘れていたし、いつのまにか昼休みも終わっていた。


いろんな匂いが染み着いたカッターシャツは、それはもうくさかった。



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怠惰少年期




「浅木さんいつからここ使ってる?」


彼のその質問には、俺の場所とりやがって、みたいなことが含まれているんだろうか。
でもどうもそんな言い方ではない。

一年前ぐらい、と答えると、僕もそれぐらい、と返ってきた。


「なんで今まで会わなかったんだろうね。しかも同じ缶使ってるし。」


コーラの缶の中の灰は、藤澤くんのだったらしい。


「ごめん浅木さん、もうひとり来るんだけど、いい?」


彼のラッキーストライクをじっと見ていた私が、いいよ、と答えるのと、錆び付いたドアが音を立てるのはほぼ同時だった。

ぺたぺたとサンダルをひっかけた足音がとまると、また見覚えのある顔があった。


「なんだ、浅木も一緒だったのか」


先に口を開いたのは沖田だった。
斜め掛けにしていた鞄を取って、藤澤くんの隣に座った。


「沖田、260円」


わたしの言葉に、沖田はあり得ないほど顔を歪めた。


「お前、あれぐらい奢れよ」


「借りるって言ったのはあんただろうが。」


けち、と小さな悪態をついて沖田はポケットをまさぐった。

実は、沖田とはもう半年ほど、この場所を共有している。

最初はこの場所は俺のだと言い張る沖田に再三立ち退き命令を出されたが、頑としてわたしも退かなかった。
こんなに気持ちいいひだまりは他にはないのだ。

そのうち言い合うのも面倒になってきて、一緒に使うことにした。
よく考えれば最初からそうすれば楽だったのに。

それから数え切れないほどここで一服したりしているのだが、大概わたし一人で、一緒になるとしてもせいぜい沖田か一つ下の吉田くんだったから、てっきり煙草族はわたしを含めて三人だと思っていた。

まさか藤澤くんもそうだったとは。
いや意外。
きっとわたしが知らなかっただけだろうけど。


でも藤澤くんっていったら、具体的なイメージが浮かばないから。
どこでどんなことをしてるかも見当つかない。


だからこそ、そういう彼に興味がわくのだ。

もしかしたら彼がお箸を持つのを見るだけでもわたしは不思議に感じるかもしれない。



そういやひとつだけ彼についてわかってることがある。

藤澤くんは焼きそばパンが好きらしい。
それもわたしのラーメンやコロッケパン並みに。

わたしがそのことを知っているのは、彼が食堂で焼きそばパンを頬張るのをよく目撃するからだ。


「あれ、2人ともだち?」


珍しく驚いたような顔をして、藤澤くんが言った。

わたしがうん、と答える前に、沖田が無言で頷いた。


「そっかそっか。沖田から浅木さんの話は聞いたことなかったから、知らなかった」


「別に話すこともねえだろ」


「吉田の話はするのに?」


「なんかそれ俺がキモチワルイ感じな言い方」

沖田がぱらぱらと藤澤くんのスリッパにわたしがぶちまけてからほったらかしにされていた灰を降らせた。
藤澤くんがさっと払うとまた同じところに新しい山ができる。
地味だがたちの悪い嫌がらせだ。

それでも藤澤くんは笑顔を絶やさない。
いつもそうらしいが、絶対に怒らないし泣かない。

それは、実は彼はどこぞのお釈迦様で、悟りをひらいていらっしゃるからだというありがたい説もあったぐらいだが、それはいくらなんでもないだろう。



ただ彼のそういう穏やかで密やかな雰囲気と、ラッキーストライクの匂いはとても合っているとおもう。
癖があってまっすぐ。
手招きするのに、何も掴ませない。

ほんの一瞬、
まるで彼自身が、その煙草のようだと思った。



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怠惰少年期



少しでも空腹を紛らわすために煙をむさぼる。
肺に入れて、出して、そうすれば少しの満足感がうまれる。

癖のある匂いがカッターシャツに染みこんでいく。


屋上から見るさわやかな空色と不自然な煙が溶け合う絵はシュールだ。
この上なく贅沢な景色。

きっとこの贅沢を知ってる人間は少ない。

わたしは間違いなく、しあわせもの、だ。



こみ上げてくるあくびを噛み殺すのは好きじゃない。
くあっと大口で酸素を取り込んだ。


途端に、ガタガタと音がした。
タンクの向こう側だ。


うそ、まずい、

あまり意味はないのに体を縮こまらせた。



「あれ、缶ない。」

どこやったかなあ、とごそごそタンクと壁の隙間を探っている。

その間においとましようと、低い体制のままこそこそ動いていたわたし。

本当に今日は厄日だ。

鞄の紐がコーラの缶をひっかけたようで、見事な音を立てて缶が倒れた。

缶の上に乗せていた100円ライターももちろん放り出されて、二段階で音をたてた。

飲み口からはたまった灰がこぼれた。

コンクリートに散らばった灰を片付けるのは面倒だ。
それ以前にもうこれ見つかったら言い訳できないな。


「缶そっちか。」


声の主がこっちに回ってくるみたいだ。
もういいや、と思って、最後の一本のセブンスターを取り出して、放り出されたライターを拾って火をつけた。


ひょこっとタンクの横から顔を出したのは、藤澤くんだった。



「あれ、浅木さんセブンスターなんだ、意外。」



藤澤昭仁、同じクラスで保健委員でも一緒。

しまった、よりにもよって藤澤くんに見つかった。
と、思ったら、なんか、違う。



よっこいしょういち、とわたしの横に腰をおろすと、ズボンのポケットから小さい箱を取り出した。
赤のラッキーストライクだった。
それから胸ポケットを探ると、やべ、と小さくきこえた。

彼になにがおきているかはだいたいわかる。



「あの、火つかう?」


「つかうつかうつかう!」

勢いよく何度も頷いて、
それでもわたしが差し出したライターはご丁寧に両手で受け取って、

ラッキーストライクに火をつけた。


慣れた手つきだった。


「灰落ちてるよ」


ラッキーストライクをくわえた彼が少し慌てて言った。

気づくとわたしの最後の一本はほとんど灰になっていた。
コンクリートには、さっきぶちまけた灰に加えて、今落ちたものが散らばっていた。

もったいないな、とコーラの缶を立たせて、短くなってしまったセブンスターを押し込んだ。


その間も藤澤くんはおいしそうにラッキーストライクをくわえていた。

もしかしたら彼にとって煙草はおやつなのかもしれない。


セブンスターよりもよっぽど癖のある匂いに、吸ってもいないのに酔ってしまいそうだ。



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