AERAさま感謝。
自らのことを、見る人の感情の「鏡」や「媒体」だと言えるのは、
羽生選手がスケートうまいからだよね…と思いました。
もしも鏡に傷や汚れがあったら、そっちが気になって、映る姿を見ることに集中できませんもの!
同じプログラムでも、他の方がご覧になると、こんなにも違う感想になるんだ!
という発見があるのが、羽生選手の演技を見る楽しみの一つです。
その方と、勝手に交流した気になってしまいます!
逆に言うと、「何だその感想は…?」ということばかり書いているこのブログですが、
羽生選手の演技の感想を記すことは、壮大な自己紹介であるわけです!
ちょっと恥ずかしいですね…
しかし、今後も自重せず、お馬鹿感想を書くと思います。
(いきなり決意表明)
でも、気を付けなければならないのは、
決してバイアスがかかった受け取り方を奨励しているわけではないということ。
それから、「『自分が』見聞きして、このように受け取ったのだ」ということに対して、責任を持たなければ…ですね。
そうそう、今回の鏡や媒体のお話を聞いて、GIFTのテーマを最初の配信の時に考えたことを思い出しました。
「真の自立とは何かを問う物語」だと思ったのです。
今回のお話と通じるものが、有るような、無いような…?
スケートだけではなく、言葉についても、鏡や媒体ととらえていると受け取れたのですが…
声が素敵になったのは、それも理由だったりするのかな?と思いました。