昨年、序奏とロンド・カプリチオーソについて、

曲だけを知った時に、このブログに こんなことを記していました。

今回の選曲から、様々なものがつながって出来る道の情景を想像しました。

どのような道になるかは自分次第。

一旦離れた人や物事とも、また会える日が来るかも。

 

 

では、実際の羽生さんの演技を見て、どのような情景を想像したかというと・・・

 

ずっと想像できないままなのです!

2021全日本から、8ヶ月以上の時間が経っているのに。

自分の頭や心に、このプログラムの情景を想像している余裕がない・・・

 

 

「ここに、羽生結弦という人間がいる」

という確かな存在を感じて、動けなくなっているのです。

 

 

個人的には、フィギュアスケートの演技を見る時、

「アスリート」と「プログラム中の人物」とを区別して見るのが好きです。

でも、序奏とロンド・カプリチオーソは、

2021全日本と、北京オリンピックと、24時間テレビの演技を、何度見ても、

そこにいるのは、「羽生さん本人」のように思えるのです。

「プログラム中の人物」とか言ってる場合じゃない。

「羽生さんが、自身の奥深くにあるものや、背後にあるものを、全て連れてやってきた!!!」

と思えて仕方がないのです。

 

もちろん、「何かをつかみ取る」プログラムだということはよく伝わってきますし、

24時間テレビの場合は、この場でこのプログラムを滑ることの意義も、よく分かるのですが!

 

 

 

それでは、

「アスリート本人」とか「プログラム中の人物」だとか、細けぇことはいいんだよ!

という感じで、さらに感想を記してみたいと思います♪

 

今の段階で一番好きなところ!

 

最初の方に記した 「一旦離れた人や物事とも、また会える日が来るかも」 に、

無理やりつなげて書いてみるのですが・・・

ステップシークエンスの中の、2回あるフォアインブラケット!

 

日テレさんが Youtube に上げてくださった動画だと、

♪カメラスイッチングあり

 1回目  LFI Br 2'14" あたり 

 2回目    RFI Br   2'32" あたり

♪カメラスイッチングなし

   1回目 LFI  Br  5'20" あたり  

 2回目   RFI  Br  5'38" あたり

 

左右の違いはありますが、同じ種類のターンの再会です♪

 

まずは、左足でのフォアインブラケット。

個人的な趣味ですが、FI ブラケットは、(競技で言うところの)ジャッジ側に向かって、

「見て見て!」という感じになるのが大好物です。

 

どのような音を表現するかによって、

ターンした後に、深いエッジで大きな弧を描いてドヤるのも素敵ですし、

今回のように、すぐに次のステップに向かって行くのもいいですね♪

ブラケットと、その後のチョクトーが、何者かに立ち向かう獅子や鷹を思わせて、何とまあ心を動かされることでしょう!!

 

その前が、ふわんっとしたイリュージョンと、トトッとしたトウステップなので(ほかに言い方はないのでしょうか・・・)

対照的な動きにドキドキさせられます。

 

ああ、羽生結弦という人が、ここにいる・・・と思いました。

 

 

さて、右足での FI ブラケット。

かっこいい・・・

 

え?

さっき、「ジャッジ側(競技の)に向かって、『見て見て!』という感じになるのが好きだ」と言ってなかったかって?

映像だと、ほぼ後ろ姿じゃないか、ですって?

 

そこがいいんです!

 

ターンした後の滑り、本当に心を揺さぶられます。

音楽の高い音が聞こえなくなって、低い音がうねりのようにやってくる中、

この場面の中では比較的ゆったりした弧を描いて、後ろ姿の羽生さんが近づいてくるんですよ!

 

スケーティングレッグも、フリーレッグも、腕などの動きも、

左足の時とは全然違うと思います。

力の入れ方(あるいは抜き方)が、ふわりとしなやかで、

でも、静かに戦っているような感じ。

 

これも、羽生さんなんだなあ・・・と思いました。

 

 

 

全体的に、身体の隅々までが、とても綺麗だと思いました。

全日本も北京オリンピックも美しかったけれど、今回は最高です!

 

羽生さんが身体の隅々までも最高に美しいということは、

音の表現が最高だということだと思います。

 

競技プロなので、永遠のライトファンながら、

今でもつい「要素」「トランジション」という視点で見てしまいます。

よく分からないながらも、「エレメンツが、音の表現や、プログラム世界の表現になっていると心惹かれる」と、今でも思ってしまう。

 

でも、羽生さんの場合は、もう、そうじゃないんだと感じました。

競技プロを滑ることによって、競技を超えた新しい何かを提示された気がしました。

 

 

そのほかいろいろ。

 

ジャンプの時の音が、種類によって全然違うのがよく分かりました。

それぞれが、何とも素敵な音でした。

 

かなり妄想が入ってしまうのですが・・・

手や腕の広げ方の中のいくつかが、「ああ、羽生さんだなあ・・・」と感じさせました。

演技に圧倒されながらも、少しほっとしました。

もちろん音の表現なのだとは思いますが、

「新しい世界を目指すけれど、自分は自分だよ」というメッセージなのかもしれないとも思いました。

 

もう一つ妄想。

レゾンの時から思っていたのですが・・・

羽生さん、自身のいろいろな動きが見る者の心にどのように響くのかを、よくご存知ですよね?

たとえば、同じターンでも、1人でやるか、2人でやるか、16人でやるか(競技の場合)によって、見る者に与える印象が全然違うことは、素人でも何となくわかるのですが、

「『羽生結弦』という人が実施すると、どうなるか?」と、突き詰めて研究していそうですね・・・?

経験則かもしれないし、あるいは、しっかりとしたデータを持っているのかも?

 

 

最後に

日テレさんに感謝します。

チャリティー番組として、そして、羽生さんの演技を味わうために、3通りもの映像を提供して下さり、本当にありがたいです。

序奏とロンド・カプリチオーソについて、Youtube という形にして下さったこと、カメラの切替の有無の両方を見せて頂いたことに感謝します。