羽生結弦選手 DOI マスカレイド(楽日)について、感覚的なことに振り切った感想です。

「羽生選手本人はそんなこと考えてないと思うよ!」ということを書くかもしれませんが、よろしければ・・・

 

 

 

2021DOI のマスカレイドは、この世の中に生きる人々へのメッセージなのかな・・・

 

Let Me Entertain You や、2021SOIでの Let 's Go Crazy と同様に、「今のこの世の中だから」という意図を感じました。

 

なぜなら、とても美しかったから。

 

いや、ふざけているわけではないんです。何と言えばいいんだろう?

 

プログラム中の人物の心情がもちろん描かれているのですが、

美しく透き通るような動きの数々のために、

その人物個人を直接的に描くというよりも、俯瞰して見えてきた何かを描いているように思われたのです。

それから、以前は激情や葛藤のシーンに見えたところが、軽やかに歌っているかのように感じられました。

そのような動きの数々が、プログラム中の主人公の内面からは少し距離を置いたものを見せてくれているような気がしました。

 

別の言い方をすれば、まるで、仮面を着けて生きなければならない人々に共通する思いをすくい取って体現したかのような。

 

 

 

競技プロの披露ではないけれど、ある意味競技プロ来たー!

などと、演技を観る前には思っていたのですが・・・

 

演技を見た後に「なぜ、今この場で?」と考えると、理由の1つに、見る人々へのメッセージという意味もあるのではないかと思いました。

 

人間は誰もが仮面を着けて生きているとはいえ、必要以上に仮面を被らなければならないこのご時世です。

そして、本来はそれほど仮面を被らなくてもいいはずの人にも、仮面を着けさせてしまうこの世の中。それをどうすることもできないやりきれなさ。

でも、続けるしかない。

 

そんな状況を認めて「そうだよね」と言ってくれるようなプログラム。

 

そう考えると、楽日にグローブ(仮面)を氷に叩きつけなかったのも腑に落ちるかもしれません。

 

 

 

Let Me Entertain You を裏側から描いたのが DOI のマスカレイドなのかも。