どんな事柄も言葉で話した途端に、真実とはかけ離れてしまう。

大切な事や真実を言葉で伝えるには限界がある。

どんなに素晴らしい事柄も、どんなに素晴らしい人の言葉でも、必ず「その人の主観」が無意識に入り込んでいるものだから。

聴くものも、語るものも、言葉を発した瞬間に矛盾が伴う事を知っておくこと。

助けを求められた者は、「言葉」そのものではなく「その人の気持ち」を何よりも大切に話を聞くこと。

幼い頃の私は、自らが発する言葉と、実際に頭の中にある思いに、多少のズレがある事が怖くて 許せなくて「言葉」で伝える事に限界を感じてしまった。

だから人の話は聞けるけれど、自らの考えを言葉で伝える事を諦めてしまっていた。

だけど、私の中には伝えたい大切な思いがきっとたくさんあったんだと思う。

私が今こうして自分の言葉を書き、発信する事は、私自身の生きる意味でもある反面、とても怖い。

怖くても勇気を出せるのは、「言葉」そのものだけを受け取らず、受け止め・噛み砕き・様々な可能性を考え・それを理解しようとしてくれる方々に出会ったからかも知れない。

そして自分自身が、この適当な存在である「言葉」の役目を少し理解できたからかも知れない。

言葉の役目とは

例えば、批判する人がいたとして…

その人の「批判の言葉」に何の意味もない。

その人の中から出てきた「負の感情」に意味がある。

だから「言葉」の表面だけを受け取ると、この世は辛さや悲しみしかなくなる。

感情には受け取り手の心の状態が映し出されている事に気づけば、誰も傷つかない世の中になるのかも知れない。

良い悪いとハッキリ決められるものなど この世にはなく、全ては横にまっすぐ繋がっている。

そんな私の言葉もまた、何の意味もないということ。

ただ受け取ってくれるあなたが、どう受け取るかによって意味があるものにもなり得るだけ。

誰かの「言葉」に反応して、自分の中に閉じ込めたり、見ないようにしてきた感情が出せる事もまた「言葉の役目」だと思う。

誰もが皆、どんな「言葉」も恐れずに 自由に表現できる世界へ。

そう気づかせてくれた出会いに感謝します。
ありがとう。

書くことが、人前で流暢に喋れない(笑)私なりの伝えるカタチ…それでいい。

そして、伝えた思いは 変わっても変わらなくてもいい。

どれも その時のその人の思いという事に変わりはないのだと思う。


最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^▽^*)

(娘の撮った写真と共に♡)
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