何も片付かない
片付いたように見えるが、
それは一時的なもので、
実際は、
何も片付いちゃいないのさ

漱石が自作に託したこんな言葉がひどく引っ掛かった
過去から抜け出せていない僕を嘲笑うように、女が目の前に立っていた

……さんざん探しましたわ
 でも、ここにいらっしゃると思ってましたのよ、必ずって

僕は、読みかけのページに目を落とした
そして、今見た印象の残像を反芻した
夕べと同じ装いの彼女だ
言葉と裏腹に少しの笑みも浮かべぬ表情
抑揚のない消えそうな声
それらすべてに、全神経の集中力を持ち去られた
僕の我慢の限界はもう見えている
無駄と知りつつ必死で抗った

見上げるまい
思い出すまい
とうに捨てた過去だもんな

その時
目の前に一葉の絵ハガキが置かれた

あなたにも、同じお手紙が送られてきてらっしゃるのでしょ
 さ、ここを出ましょ………

僕たちは建物を出た
言葉も交わさず、並んで歩いた
すれ違う人も、追い越して行く車もなかった
薔薇園から外人墓地、水泳場、閑静な住宅街をつなぐ起伏の激しい道をたどり、元町▪中華街駅上デッキに整備された小さな公園に至った
夕刻に迫ろうとする街の喧騒が妙に心強かった
このままだったら僕は確実に窒息してしまいそうだったから

不意に彼女の掌が僕の腕を掴んだ
ノウを言わせぬ力だった
再び暗がりを指し示すベクトルに支配されようとしている
無言で歩かざるを得なかった
もはや言葉の芽は、この女の存在に悉く摘み取られてしまっていたから
そして
あるホテルの入り口に、二人はいた


枕を重ねた
そして……

熱い瞬間が果て、僕は少し正気を戻した
ふいに彼女が言った

山下公園はね、関東大震災でたくさん出た横浜の、どこにも持って行き場のない瓦礫を埋め立ててできてるの
………私も半分は、そこにいるのよ

何を言いいたいのか
陽子の気持ちを計り損ねたまんまの晩だった



★ヨコハマ▪ストーリーは、あと2回で終わります。