部屋、上がれよ。
飲んでくか?
どうする。
悪いが、送ってかないからな。
俺も飲むから。
…………分かった、まぁ上がれ。

あ、申し遅れて済まん。
Ken です。

とびきり冷えたジンで、
マティーニをジョッキでこしらえる。
その間だけ、俺の書いたのでも読んでなよ。


出逢った彼女はヨコハマで生まれ育った娘だった
名をヨーコと言った
この街に淡い憧れを抱いて上京した俺に、ここで暮らしていくための約束事を一からすべて教えてくれた
4つ年下だった
ませて少し不良を装い、タバコをくわえてたりした
時々きつい目線で往来をスレ違う同世代のヤンキーたちを威嚇した
彼らは、俺たちにあっさり道を譲った
正確には、ヨーコに道を空けた
そんな出来事にも、一度も振り返ることなく俺の手を引く
ヨーコは、風のようなオンナだった
でも、俺は、知っていた
初めての口づけの時
薄い唇が、その際中ずっと微かに震えていたことを
だから、別れのその日まで俺は、彼女を愛し続けた

そう言えば、あるとき
彼女が好きな埠頭を舞台にした古い映画を俺が探しあてた
彼女の腕を引っ張り、黄金町の名画座
で見た映画は、彼女が好きだという俳優の藤竜也
その奥さんである芦川いずみ嬢がトップ女優だった頃の記念碑的な作品で、
ラストはこんな台詞だったのを覚えている

 めまぐるしく過ぎた数日間で、
 悲しいことも多かったけれど
 貴女と一緒で楽しい時もありました
  最初の霧の晩、ホテルの窓辺で
 貴女と初めて会った時に耳にした
 霧笛の音を今でも覚えています

 さようなら…………

 ごきげんよう。

犯罪に巻き込まれたマドロスと、最愛の男に裏切られた女の数日間の恋の軌跡
成就せずに終わりを告げようとする恋
二人の男女が交わした言葉だけが霧の港に切なく響く
そして、別離………

ヨーコが流す涙を見たのは、それが最初だった
♯1960年日活映画
    「霧笛が俺を呼んでいる」から


さぁ、出来たぜ。
キンキンなところを飲んでくれ。
…………どうしたい?
泣いてんのか、オマエ。