
渋谷を発った東急東横線も、多摩川を越えて神奈川に入ると乗客の雰囲気が全く変わる
急行停車駅から見て東側の小高い丘に建つ大学に通いだした頃は、横浜の街に淡い夢を抱く青い僕だった
19の春、ライブハウスに生まれて初めて入った
関内駅を降り、港方面に向かって歩くと迷路のような飲食店街の中にあった
安普請のスタジオだが、夕暮れとタバコの煙がアバタを隠した
そこで、既にお酒が入り、ほろ酔い加減でステージに立つ、ある歌手と出会った
歌う、というより、語っているようなそんな響きだった
ピアノとサックス、トロンボーンだけのトリオとセッション
色んなジャズナンバーをカバーした
歌いながら、だんだん酩酊してきて、最期はスタッフに介抱されながらステージを降りていく
毎回がそんな感じで、客のほうもそういう彼女の酔った姿が観たくて来ている連中ばかりだった
彼女はステージ袖に消えるまで、僕らに投げキッスをしてくれた
しつこいくらいに、これでもか、と
それからしばらくは、バイトの稼ぎで懐に余裕があれば、そこへ通った
正直、学生には安くはなかったが、僕なりのちょっとした背伸びをしていたんだ
彼女の引退を聞いたのは、それから10年以上が過ぎた頃だ
学生の僕が一番なりたくなかった月給生活で、毎日が砂を噛むような暮らしをしてる中で知った
何の感慨も持たなかった
乾いた生活の堆積が、僕の感情を無機質に薄っぺらくしてしまっていた
そして今、平成に移り30年を過ぎた
彼女はリバイバルし、横浜の街中だけでひっそり音楽活動を続けていると噂に聞いた
その彼女に、無性に会いたくなった

