藤さん…………
俳優の藤竜也さん、か
そういえば、ヨコハマ▪ホンキートンク▪ブルースの詞を作ったのは、
藤竜也だったな

マスターの言葉を受けた僕は、
今腰掛けている硬めのスツールの感触にしみじみ想いを馳せた
藤さんの席なんだ、ここは……

タバコを吸わない僕だが、育った環境のせいで十分な免疫がある
マスターの目配せで、カウンターの隅に置かれたチャージフリーのヨウモクを一本失敬してみた
案外、むせずに吸えた
5本も潰すのに1時間はかからなかった
次第に煙の燻らし方にも慣れ、いっぱしを気取る積もりになった
マルチニのおかわりをオーダーした
間もなく、
氷のぶつかる音、
ボトルから注がれる液体の音、
シェイクする小気味良い音、
そして、
カクテルグラスに静かに注がれる美しい絵がピリオドとなり、ライムの薫り嬉しい追加の一杯がサーブされた

あれから客足も途絶えたまんまの22:00過ぎ、マスターのひとり語りに耳を傾けた

本牧には太平洋戦争の折り、
敵国の捕虜や諜報活動により逮捕された英米人らを収容する施設があった
末期、横浜がテニアン基地から翔んできた米軍の大型爆撃機編隊により、徹底的な空襲を受けた際、本牧のその施設の一画だけは破壊を免れた
その代わり、
ピンポイントで狙いをつけたかのごとく、正確な照準で食糧等の援助物資が、施設敷地内に幾つも投下されたという
たちまち、官憲らによりそれらは遺棄されたが、敷地の外に落ちたものの回りに近所の子供らがたかるよう群がり、飢餓寸前の食欲を満たした
子供らの1人が、投下されたパンの包みに添えられた紙っぺらを家に持ち帰り、親に見せた
親は驚愕して、それを駐在所に届け、更にそこから軍令部にまで届けられた
そこには英語で、こう書かれてあった

「アメリカ軍は、君らを決して見捨てはしない。必ず救い出す。それまでこれらの食糧で命を繋いでいて欲しい。
そして、勝利と共に故国の大地を踏みしめ、至福の乾杯をしよう!」

「ガッツのある連中ですね」
そう、僕が言うと、マスターは薄い笑みを浮かべて、
「イキな奴らだね。だから日本は戦争に敗けた」
胆力と言うのだろう
昔の女の幻影が大きく後退し、
マスターの話に聞き惚れた




あと4回で、ヨコハマ▪ストーリーは、終わります🙇