●小説家・大前粟生と小説家・高瀬隼子の対談が文春オンラインに載っていた。
司会
大前さんは『め生える』をどう読まれましたか?
大前
せっかくだからあらすじからご紹介できたらと。ちょっとSFっぽい設定というか、ある日をきっかけに16歳以上くらいの大人の頭から髪の毛がなくなった、ディストピア的な世界を描いている作品です。髪の毛がなくなったその日以降の日常を、昔から髪が薄いことがコンプレックスだった真智加と、その日パニックになった男性に公衆トイレで髪の毛を切られた琢磨という二人の視点から描いています。みんなはげてしまったあとの日常を描いているんですけど、見た目に変化が訪れても、人は何も変わらないっていうことが描かれていて。いま現実ではげている人がいじられたり自虐したりしているっていうのを、そのまま反転して書いている。髪がない世界で髪がある人はある人なりに苦しんでいるというか、目立つということを何より恐れていて、でもどうしてそういうことを恐れてしまうのかということにあまり疑問を持たないなかで暮らしている。不条理に苦しみながら、でもそれが当たり前というか、仕方ないしなと思って生きている人たちの話です。
高瀬
えっ、めっちゃわかりやすい。丁寧にまとめていただきありがとうございます。うれしい。
●高瀬が抱いていた小説家のイメージ
高瀬
私は「普通さコンプレックス」みたいなのがあって。ずっと小説家になりたかったけど、イメージのなかの小説家は破天荒で、お酒を飲んで暴れまわってるんですよ。法律とかも守らないみたいな(笑)。だからこそ人にはない発想ができる、天才みたいな人。自分はこつこつ真面目なタイプで、就職してからも11年半くらい無遅刻無欠席で働いたんですよ。そんなふうに社会から求められる型にはまれる自分が考えることって、特別ではなくて、誰もが考えてることだとずっと思ってて。もちろん人は一人ひとり違うので、それはそれで傲慢なのはわかってるんですけど、でも自分なんかが思いつくことはみんなもう思ってるでしょっていう意識がずっとある。
●高瀬が思うハートフルとは
大前 高瀬さんが思うハートフルってどんなものですか?
高瀬 「池の水ぜんぶ抜く」っていうテレビの企画があるじゃないですか。あんな感じで、汚くて大きい池があって、外来種を全部釣って在来種だけにしようっていうボランティアをしている人たちが「外来種だ、殺せ! 卵も全部引き上げて殺せ!」ってやってるのを、そのボランティアには所属していない中年男性が見て、傷つくっていう話を昔書いて。
大前 それ、ハートフルなんですか?(笑)
高瀬 ボランティアの人たちは正義感をもって殺してるけど、傷ついたおじさんは夜中にこっそり餌をやるんです。それが見つかってドタバタあって、会社でも嫌なことがあって、池に飛び込んで死んじゃうっていう、そんなオチだったと思います。この話は賞に応募したけど落選しました。
大前 それは普通に怖い話だと思うんですけど(笑)。
高瀬 命を愛する気持ちみたいなテーマを書いたっていう意識からハートフルだと記憶していたんでしょうね。いま思い出したのでつい話しちゃいました。
●高瀬さんの次回作は「ドラえもん」⁉
大前 読者としては、こんなに人のことがわかっている人ならなんでも書けるだろうなと思っちゃいます。『ドラえもん』とか。
高瀬 『ドラえもん』ですか⁉ それはどういうことですか?
大前 『ドラえもん』って話の型があるじゃないですか。ドラえもん自体のイメージも。そういう強い縛りがあるものと、高瀬さんの小説が出会ったらどういうものになるんだろうってすごい気になってて。
高瀬 私の小説を読んで「怖い」とおっしゃった大前さんが『ドラえもん』を書けって言ってくるのが不思議で(笑)。それは「怖いドラえもん」なのか、「怖さを封印した高瀬のドラえもん」なのか、どっちなんでしょう?
大前 わかんないです(笑)。
高瀬 怖いドラえもんは子供に見せたくないですよね。とすると、ハートフル路線……でもハートフルな話は書いてみたいんですよ。デビュー前の作品にはそういうものもあった気がします。
〈2024年2月9日に往来堂書店にて行われたイベント「理不尽と同調圧力の扱いかた」を再構成しました〉
高瀬隼子
のキャラが面白い。
ハゲ小説でもある新作『め生える』への興味がめばえた。