
映画「フルメタル・ジャケット」を見ました。
公開日: 1988年3月19日 (日本)
監督: スタンリー・キューブリック
音楽: アビゲール・ミード
出演者: マシュー・モディーン; ヴィンセント・ドノフリオ; R・リー・アーメイ
ネットより抜粋
あらすじ
前半では海兵隊訓練所で新兵が受ける過酷な訓練、後半では彼らのベトナムでの行動が描かれる。
- ストーリー前半
- ベトナム戦争時、アメリカ海兵隊に志願した青年 ジョーカーは、サウスカロライナ州パリス・アイランドの海兵隊訓練キャンプで厳しい教練を受けることになる。
- キャンプの鬼教官・ハートマン先任軍曹の指導のもとで行われる訓練は、徹底的な叱責と罵倒、殴る蹴るの体罰が加えられ続けるという、心身ともに過酷を極めるものだった。さらに連帯責任による懲罰、訓練生の間で行われるいじめなど閉鎖的な空間で受ける社会的ストレスが次々と描かれていく。
- 落ちこぼれだった訓練生レナードは、ハートマン軍曹から早々に目を付けられ、レナードの連帯責任として懲罰を受けることになった訓練生たちからも、激しいいじめを受け続ける。しかし、ジョーカーら同期生のサポートを受けて訓練をやり遂げ、最終的に射撃の才を認められ高い評価を得る。だが、過酷な訓練により精神に変調をきたしてしまい、卒業式の夜にハートマンを射殺した後、自ら命を絶ってしまう。
- ストーリー後半
- 厳しい訓練を耐え抜き一人前の海兵隊員となった彼らは、ベトナムへ送られる。報道部員になっていたジョーカーは上官から目をつけられ前線での取材を命じられる。訓練所での同期であったカウボーイと再会し、彼が属する小隊に同行することとなる。ある日カウボーイたちは、情報部から敵の後退を知らされ、その確認のためにフエ市街に先遣される。しかし交戦地帯で小隊長が砲撃で戦死、さらに分隊長をブービートラップで失う。
- 残る下士官のカウボーイが隊の指揮を引き継ぐも、進路を誤って転進しようとしたところに狙撃兵の待ち伏せを受け、2人の犠牲者を出す。無線で前線本部の指示を仰ごうとしたカウボーイは、廃ビルの陰に隠れたつもりが、崩れた壁の隙間から襲ってきた銃弾に倒されてしまう。残されたジョーカーらは狙撃兵への復讐を決意し、煙幕を焚いたうえで狙撃兵がいるとみられるビルに忍び込む。ジョーカーが見た狙撃兵の正体は、まだ若い少女だった。ジョーカーは狙撃兵から返り討ちにされそうになるが、駆け付けたラフターマンが彼女に銃弾を浴びせた。虫の息となった狙撃兵の少女は祈りながらとどめを刺すよう懇願し、ジョーカーは様々な思いの中で拳銃の引き金を引いた。
- 運よく五体満足で任期を終えられる期待に喜びを感じながら、ジョーカーらは高らかに歌いつつ、闇夜の戦場を行軍してゆく。
- ウィキペディアより
- 映画は、前半と後半でわかれています。
- 前半では、過酷な訓練により精神に異常をきたした若者が銃で上官を殺し自分も自殺します。
- 後半は、ベトナムの戦地で自分たちを狙う狙撃兵が実は女性だとわかり、負傷した彼女を最初は助けようとするが彼女に殺してくれと懇願されその声に逆らえずに銃の引き金を引いてしまう若者が描かれます。
- どちらも戦争という不条理な現実に立ち向かう中で自らの誇りを失いただの殺人マシーンに成り下がってしまう人の弱さを浮き彫りにしてくれます。
- 周りが皆そうであったら一人だけそれに逆らうのが難しいように考える力も感じる力も奪われた人間に生きる希望があるのかを静かに問いかけてきます。
- 1987年の映画ですが、見るものにその現実を見せる力は全く衰えていません。
- 苛酷な状況で人はいかにあるべきかをある意味最も最悪な状況を映すことで問題提起してくるようです。
- 人は置かれた環境によって簡単に悪に染まりうることを教えてくれます。
- 善人だなんて自らを過信するなかれ。
- 人はかくも弱き存在であることを微塵も疑うことなく生きていくくらいが予測不可能の世の中を生きるには丁度よいのかもしれません。
- 見る前は想像がつきませんでしたが、もちろんただの反戦映画ではありませんでした。
- 時を越え場所を変えても通じるテーマが流れている映画です。
- そんなところがこの映画をオススメする理由になったのかもしれません。
- この映画はこちらの動画のオススメで見てみることにしました。
- 予告編