ミユちゃんとおしゃべりカラス


 やわらか町には、どこにでも小さな不思議がありました。

 その日、三年生の ミユちゃん は、学校の帰り道を走っていました。
 いつも元気いっぱいで、少しおてんばな性格です。

「はやく帰って、おやつ食べたいー!」

 そう叫びながら、町の小道を駆け抜けます。
 すると、頭の上で 
カラスの鳴き声 が聞こえました。

「カーカー……!」

 ただのカラスかな? と思ったのもつかの間、
 カラスが空から降りてきて、道端にちょこんと止まりました。


「やあ、ミユちゃん」

 カラスが、ぺらっとしゃべったのです。

「え!? カラスがしゃべった……!?」

 ミユちゃんは目を丸くしました。
 でもカラスは、それが何? とでも言いたげに、頭をかしげます。

「ぼく、おしゃべりカラスだよ。町の不思議なこと、ちょっとだけ教えてあげようか?」

 ミユちゃんは、走るのをやめてカラスの前にしゃがみました。
 ちょっとドキドキするけれど、好奇心の方が強いのです。


「えっと、まずは……ここだよ」

 カラスが羽をぱたぱたさせると、道の脇にある小さな公園のほうを指しました。

「なにがあるの?」

 ミユちゃんが尋ねると、カラスは少し誇らしげに胸を張ります。

「ここにはね、“笑う石”があるんだ」

 公園の片隅には、小さな丸い石がありました。
 近づくと、

「ふふふ……ふふふ……」

 ほんのり小さな声で笑っているように聞こえます。
 ミユちゃんは思わず手をのばしました。

「わぁ……かわいい!」

 触れると、石はほんのりあたたかく、手にすこし軽い振動が伝わってきます。
 どうやら、町の中には、こういう “ちいさな不思議” がいくつもあるらしいのです。


 カラスは、ミユちゃんの肩にとまりました。

「実はね、ぼくはこの町を見守ってるんだ。町の人が気づかないちいさな幸せを集めて、夜になると、みんなの夢にこっそり届けてるんだよ」

「え!? 夢に?」

 ミユちゃんは目をまんまるにして聞きました。

「そう。だから、町の人たちは知らないけど、毎晩ちいさな奇跡が生まれているんだよ」

 ミユちゃんは、自分の胸の中がぽかぽか温かくなるのを感じました。


 その日の夕方、ミユちゃんは、道で泣いている小さな男の子を見つけました。

「どうしたの?」

 ミユちゃんが聞くと、男の子はうつむいたまま答えました。

「ぼく、ビー玉なくしちゃった……」

 ミユちゃんはにっこり笑いました。

「じゃあ、探してあげる!」

 カラスも上から見守ります。
 ふたりで道をくまなく探すと、

「あ、あった!」

 男の子の帽子の下に、小さな青いビー玉がころんと光っていました。

「ありがとう!」

 男の子がにっこり笑いました。
 ミユちゃんも、自然と笑顔になりました。

「ほらね、ちいさな奇跡は、探すと見つかるんだよ」

 カラスがそう言った気がしました。
 ミユちゃんは空を見上げ、そっと手を振ります。

「また、見つけに行こうね!」


 夜が近づき、カラスは羽を広げました。

「じゃあ、ぼくは夢の世界へ帰るね。また町の不思議、見せてあげるから」

 ミユちゃんは手を振り返しました。

「うん! まってる!」

 カラスは夜の空に飛び立ち、夕日と一緒に消えていきました。

 ミユちゃんの心の中は、今日見つけたちいさな奇跡でいっぱいでした。


 町にはまだまだ、不思議があふれている。


 そう思うと、わくわくして楽しく眠れそうでした。



レンくんとまるい雨


 やわらか町には、ふしぎな天気の日があります。

 たとえば、まるい雨 が降る日。

 ぽとん、ぽとん……
 落ちてくる雨粒が、なぜか“球みたいにまんまる”なのです。

 ふつうの雨より落ちる音がやさしくて、地面に落ちても、すぐにはじけずにころころ転がることもあります。


 三年生の レンくん は、とてもやさしい子でした。
 やさしい……のだけれど、同時に 
心配性 でもあります。

 ランドセルの中に
「忘れ物ないかな……」
 と、何度も手を入れて確認したり、
友達が少し転びそうになると、

「だ、大丈夫!?  どっか痛い!? ほんとに!?」
 と真剣に心配しすぎて、逆に笑われてしまうこともありました。

 そんなレンくんが、“まるい雨”の日に学校を出たところでした。


 空から落ちてくる、ビー玉みたいな雨粒。
 レンくんは思わず両手を広げて受け止めます。

「……これ、ふつうの雨より静かだなぁ」

 でも、静かすぎて逆に心配になってしまうのがレンくんです。

「こんな雨……道、すべったりしないかな……お母さん、心配してるかもしれないな……ていうか、ぼくもなんか、胸がきゅってするなぁ……」

 ぽとん、と雨粒が肩にあたると、
 不思議と胸の奥が少しだけざわざわしました。


「……ん?」

 レンくんがふと足元を見ると、広場のすみに置かれたベンチの下に、小さな黒い影が動いた気がしました。

「だ、だれ!?」

 と身を固くしたけれど、出てきたのは、ちいさなまんまるの生きものでした。

 つやつやしていて、ビー玉くらいの大きさ。
 目がきゅるんとしていて、コロコロと転がります。

「ま、まるい……?」

「……コロッ」

 どうやら返事をしたようです。


「もしかして……きみ、まるい雨から生まれたの?」

 レンくんが聞くと、生きものはころんと転がりながら、

「……コロ……」

 と、どこか悲しそうに鳴きました。

「……さみしいの?」

 レンくんは思わずしゃがみこみました。

 まるい生きものは、雨粒のように透明で、見ていると胸の奥がじんわりする。

 そんな不思議な存在でした。


 すると、生きものはレンくんの足元へ転がってきて、そっとレンくんのひざに身体を寄せました。

「コロ……」

「え、えっと……くっつきたいの……?」

 レンくんがそう言うと、まるい生きものはうん、とでもいうように、体の色をすこし明るくしました。

 その瞬間、

「……あれ?」

 レンくんの胸のざわざわが、ほんの少し軽くなったのです。

「もしかして……ぼくが心配しすぎて、胸が重くなってたから……きみが拾ってくれたの?」

「コロッ!」

 まるい生きものが、はっきりとうれしそうに鳴きました。


「そっか……まるい雨って、もしかして……“だれかが抱えてる不安”を、少しだけ集めて落としてくれてるの?」

 レンくんがそうつぶやくと、空から落ちる雨粒が、ふわっと柔らかく光りました。

「じゃあ、きみたちは……つらい気持ちを丸くして、地面にぽとんって落としてくれてるんだね……」

 まるい生きものは、ころんころんと足のまわりを回って、
「そのとおりだよ」とでも言いたげでした。


「ありがとう……」

 レンくんがそっと生きものを手のひらに乗せると、まるい生きものは静かに光って、やがて、ひとつの雨粒へ戻りました。

 ぽとん。

 地面に落ちたその閃きを見て、レンくんは胸に手を当てました。

「なんか……息がしやすくなったかも」

 その顔は、いつもの心配そうな表情ではなく、すこしだけ落ち着いた表情でした。


 帰り道、雨は止んで、空にはうすい虹みたいな丸い輪が浮かんでいました。

「心配するのは悪いことじゃないよね。でも、たまには……まるい雨にあずけてもいいか」

 レンくんは安心したように笑いました。


 その笑顔は、虹色の輪の中で、静かに光っていました。


ミオちゃんとひとやすみベンチ


 やわらか町の中央広場には、少し大きめの白いベンチがあります。

 すわり心地がふわふわで、やわらか町の人たちはみんな「ここ、なんか落ち着くんだよねぇ」と口をそろえて言います。

 そのベンチは、いつの間にか“ひとやすみベンチ” と呼ばれるようになりました。



 三年生の ミオちゃん は、いつも元気で、誰かに話しかけられれば
「うん! だいじょうぶだよ!」
 とにっこり答える女の子です。

 でも、本当は、ちょっとつかれていても、重たい荷物を持っていても、人から頼まれると がんばりすぎちゃう ところがありました。

 今日も、クラスの友達に
「ミオちゃん、これ手伝って!」
 と呼ばれたので、

「うん! いいよ!」
 と笑ってみせました。

 だけど、その帰り道。
 ミオちゃんの足取りはいつもより少しだけゆっくりでした。


「はぁ……」

 ミオちゃんが広場を通りかかったとき、白いベンチの前で足がとまりました。

 座ろうか、立ち止まったまま行こうか……
 どちらにしようか迷っていたそのとき。

 ベンチが

「すわりなよ」

 と、小さな声で話しかけてきました。

「えっ!? ベ、ベンチさん!?」

「うん。きみ、すこし肩が下がってるよ」

「そんなこと……ない……よ……」

 そう言ったミオちゃんの声は、いつもの元気より、すこしだけ弱かったのです。


「よし、ちょっとだけ……」

 そっと腰をおろしたミオちゃんを、ベンチはふわっと包みこみました。

「がんばるのはいいことだけどね。がんばりすぎると、風吹いたときに転んじゃうよ」

「……わたし、転びそう?」

「今日のきみはね。風がふいたら、よろっ……てなるくらい」

「そっかぁ……」

 ミオちゃんは、靴の先を見ながらすこし肩をゆらっと落としました。


「ほんとはね……お手伝いするの、嫌じゃないんだ」

「うん」

「でも、みんなに『ミオちゃんなら大丈夫!』って言われると……“わたしががんばらないと”って思っちゃって……」

「やさしいんだねぇ、ミオちゃんは」

 ミオちゃんの目が、ちょっとだけうるっとしました。

「でも……たまにね、疲れちゃうんだ」

「言ったね。えらいよ」

 ベンチは、背もたれをぽんぽん、とやさしく揺らしました。


「ねぇ、ミオちゃん。ここに座った人はね」

 ベンチはやさしくミオちゃんに言います。

「“疲れた”って言うだけで、半分ちょっと、軽くなるんだよ」

「そんな魔法があるの?」

「うん。やわらか町だからねぇ」

 ミオちゃんはクスッと笑って、ベンチにもう一度深く座りこみました。

「……疲れたぁ」

「よしよし」

 本当に、少し軽くなった気がしました。
 胸の中がふーっとあったかくなります。


「なんか……すこし元気出たかも」

「じゃあ、また歩けるね」

「うん。また来てもいい?」

「もちろん。座りたいときに座りなよ」

 ミオちゃんは笑顔で立ち上がりました。
 さっきより足取りがずっと軽くなっていました。


「そうだ。明日からは……“できるときに手伝う”って言えばいいんだ」

 ミオちゃんは、やわらか町の道を歩きながら、少し胸を張って、ぽんぽんと足を進めました。

「そしたらきっと、転ばないよね」


 広場の白いベンチは、夕日を浴びながら、そっとつぶやきました。

「あの子、きっと大丈夫だねぇ」


 ゆるやかな風が吹いて、ベンチの影がやさしく揺れていました。


カリンちゃんとそっとひらく手紙屋さん


 やわらか町の大通りから一本入ったところに、「そっとひらく手紙屋さん」 という小さなお店があります。

 古い木の扉と、丸い窓。
 看板には、手書きでこう書かれています。

 “言えなかった気持ち、ひらきます”

 そこにやってきたのは、三年生の カリンちゃん
 少し内気で、静かな声で話す女の子です。

 今日は胸のポケットに、くしゃっと丸めた手紙を入れていました。

「……やっぱり、渡せなかった……」

 それは、同じクラスの レントくん に向けた
 「いつもありがとう」を書いただけのお手紙。

 大したことじゃないのに、カリンちゃんはどうしても渡す勇気が出なかったのです。


 カリンちゃんが扉を開けると、中にはやさしい灯りと、紙の匂いが広がっていました。

 そして、カウンターの向こうには白い帽子をかぶった男の子が座っています。

「いらっしゃい。ぼくは シイナ。ここは“手紙をひらく”お店です」

「て……手紙を、ひらく……?」

 シイナくんは微笑んで、カリンちゃんの胸のポケットをそっと指さしました。

「その手紙、まだ伝えてないでしょ。ここには、そういう手紙がよく来るんだよ」

 カリンちゃんは驚いて、ぽんと胸を押さえました。

「ど、どうしてわかったの……?」

「だって、つぶれた手紙ってね。“ここへ連れてきて”って音がするんだ」

 シイナくんは、まるで当たり前のように言いました。
 カリンちゃんは、目をまるくしました。


 シイナくんは、くしゃっとした手紙を両手で包むように持って、やわらかく息をふぅと吹きかけました。

 すると、

 しゅるるる……

 紙がゆっくりほどけて、まるで夜明けみたいにしずかに開きはじめました。

「不思議……!」

「ね、きれいでしょ? 手紙って、書いた人の気持ちがちゃんと生きてるんだ」

 開ききった手紙は、もうしわがなく、書いたときのあたたかさを取り戻していました。

「これは……“ありがとう”だね。気持ちを届けたいんだよね?」

「……うん。でも、どうしても言えなくて……」

 カリンちゃんは、靴の先を見つめました。


「じゃあ、手紙に行ってもらえばいいんだよ」

 シイナくんは、手紙をぽんと軽くたたきました。

「起きて。届けにいくんだよ」

 すると、手紙がふわりと宙に浮き、小さく折りたたまれて、紙のちいさな鳥の形になりました。

「わ、わ……! 鳥さんに……!」

「これが“手紙鳥(てがみどり)”。書いた人の代わりに、気持ちを届けてくれるの」

 手紙鳥は、カリンちゃんの肩に一度とまると、ひらりと店の扉を抜けていきました。

「レントくんのところへ、行くね」


 その日の夕方。

 レントくんは、家の前で空を見上げていました。
 すると、ひらひらと小さな紙の鳥が舞い降りてきました。

「ん? これ……手紙……?」

 開いてみると、
 カリンちゃんのていねいな字で、短いひと言が書かれていました。

『いつもありがとう。カリンより』

 レントくんはにっこり笑いました。

「ふふ、カリンちゃんらしいなあ」


 次の日、学校で。
 レントくんはカリンちゃんに声をかけました。

「手紙、ありがとう! すっごく嬉しかった!」

「……! あっ、う……うん……!」

 カリンちゃんのほっぺは、りんごみたいに赤くなりました。

 でもその心の中は、ふわっとあたたかくて、夜の灯りのようにやさしく光っていました。


 その日の放課後。
 「そっとひらく手紙屋さん」の扉がゆれて、シイナくんは窓の外をながめました。

「……今日も、気持ちがちゃんと届いたみたいだね」

 お店の中には、やわらかい風が流れています。


 やわらか町では、こうやって毎日、誰かの小さな気持ちがそっとひらいて、そっと届いていくのでした。

取り急ぎ、今日で小説家になろう登録してから11年。




その間に色々仕様も変更になってるし、使い方理解したのつい最近だけどこれからも楽しく創作していけたらと思います。




とりあえずまだ更新ペースは変えずに行けそうです。




毎日更新から不定期更新、完結済など色々あるのでよかったら。

小説家になろう




11年目もよろしくお願いします。




やっと落ち着くと思ったらまた違うドタバタで疲れてはいるけど元気です。



感想の返事、読書、SNS更新まで手が回るようになるまでもうしばらくかかりそうですが、いただいた感想は舐め回すように読んで喜んでます♡



ありがとうございます。




頑張っていきたいと思います。



ソラくんとかぜのボタン


 その日、学校が終わるころ。
 空は少しだけどんよりしていて、雨になりそうでした。

 五年生の ソラくん は、ランドセルの中を何度も確認していました。
 今日は図工の作品を持って帰る日だったのに、自分の作品だけまだ乾いていなかったからです。

「うーん……置いて帰るしかないかぁ」

 ちょっと残念だけど、仕方ない。
 ソラくんは下駄箱へ向かいました。

 その途中、階段のまわりで、ふしぎなものを見つけました。

 ぽつんと落ちている、金色のボタン。
 丸くて、どこか懐かしいような形のボタンです。

「……こんなの、だれのだろう?」

 拾い上げた瞬間でした。

 すぅ……

 ほのかに風が吹いたような感覚が、指先をかすめました。
 階段の上からふわっと風が吹いた気がして、ソラくんは思わず見上げます。

 けれど、だれもいません。

「風……? 変なの」

 しかしソラくんが帰ろうと一歩踏み出すと、
 金色のボタンが小さく、
 
カチッ
 と鳴りました。

「えっ、鳴った……?」

 とまどうソラくんの前に、ふわりと“風の道”が生まれました。
 埃ひとつない透明な道が、校舎の外へと伸びていきます。

「……どこかに行けってこと?」

 ボタンはまた、
 
カチ、カチッ
 と跳ねるように鳴りました。

 ソラくんは、意を決して風の道を歩きはじめました。


 道は校庭を抜け、裏門の方へ向かいます。
 雨が降る前の静けさが漂っていて、草の香りがやさしく鼻に入ってきました。

「なんか……森に吸いこまれていくみたいだなぁ」

 ソラくんがつぶやくと、ボタンがくすぐったそうに揺れました。

 風の道の先には、小さなあずまや、雨宿り用の屋根がありました。

 そこに、ひとりの子が座っていました。

 カナちゃん。

 同じ学校の二年生で、おとなしくて、少しはずかしがりやの女の子です。

「カナちゃん? どうしたの?」

 声をかけると、カナちゃんはびくっと肩をゆらしました。

「あ、ソラ……くん……えへへ……帰り道で、靴が……」

 見てみると、カナちゃんの靴の片方が壊れていて、底がぱかっと開いていました。

「そっか……歩きにくかったんだ」

「うん……直そうとしたんだけど……できなくて……」

 雨がぽつぽつ降りはじめました。

 ソラくんは、手に持った金色のボタンを見つめました。
 このボタンが導いたのは、困っているカナちゃんのところだったのです。


「カナちゃん、ちょっと靴貸してみて」

「えっ……直せないよ?」

「やってみるだけ。任せて」

 ソラくんは、壊れた靴のうえに金色のボタンをそっとのせました。

 その瞬間、

 すぅ……

 ボタンのまわりに、風の輪がうまれました。
 やさしい風が靴を包みこむと、裂けていた部分がゆっくり閉じていきます。

 かたちが戻り、糸がきゅっと締まり、靴はまるで新品みたいに直っていました。

「わぁ……! すごい……!」

「このボタン、たぶん“風のボタン”なんだと思う」

 ソラくんは、なんとなくわかった気がしました。

「困ってる人のところに、風をつないでくれるんだ」

 カナちゃんは靴をはきなおすと、雨宿りの屋根の下で何度もありがとうと言いました。


 雨が弱くなってきて、カナちゃんはソラくんといっしょに歩いて帰りました。

「ソラくん、また学校でね」

「うん、またね!」

 カナちゃんが家に入ると、ソラくんの手のひらのボタンが、最後にもう一度 カチッ と鳴りました。

「……もしかして、もうお役目終わり?」

 ボタンは、やさしい風に包まれたあと、すうっと光になって空に消えました。

「そっか。誰かが落としたんじゃなくて……ぼくに“届けたかった”のかもな」

 ソラくんは、空を見あげて微笑みました。

 雨上がりの雲のすき間から、やわらかい光がさしていました。


はこぶりんの おとどけぼうし


 アヤネちゃんが学校から帰ると、玄関の前に、まあるい影がちょこんと座っていました。

「……はこぶりん?」

 丸くて、ころころしていて、小さな手足でぴょこんと跳ねる、あのやさしい配達屋さんです。

「おとどけに、まいりました〜」

 はこぶりんは、どこか得意げに胸を張りました。
 その背中には、いつもの小さな荷物……ではなく、なんだか大きめの箱をかかえていました。

「だれからの荷物なの?」

「ひ・み・つ、です〜。でも、よかったら、あけてみてくださ〜い」

 アヤネちゃんが家の中に持ち込んで、そっと開けてみると、ふわっとやわらかい色をした、丸い帽子が入っていました。

 淡い水色で、ふちがふわふわ。
 かぶると、頭のてっぺんがぽかぽかするような帽子です。

「わあ……かわいい!」

「えへへ。『おとどけぼうし』っていうんです〜」

「おとどけ……?」

「そうです〜。それをかぶって歩くと……“いま、必要なだれか”のところまで、すい〜っと道がつながるんです〜」

「すごい! そんな帽子あるんだ!」

 はこぶりんは、ころころとうれしそうに転がりました。


「でも、この帽子……だれがくれたの?」

 アヤネちゃんが聞くと、はこぶりんは、帽子をちょんちょんと指差しました。

「それをかぶれば、わかるかも〜しれません」

 アヤネちゃんは、帽子を手に取り、そっと頭にのせました。

 その瞬間。

 ふわり。

 目の前の空気が、すこし揺れました。
 あたたかい糸みたいな道が、空の上に思い浮かびます。

「……なんだろう、これ」

「感じましたね〜。では、ついていってみてくださ〜い」

 アヤネちゃんは、少し不思議に思いながらも、帽子に導かれるように歩きはじめました。


 歩いていくと、見覚えのない小道に入りました。
 ふだん近所で見ない曲がり角、
 いつのまにかできていたみたいな、ちいさな坂。

「こんな道、あったっけ……?」

 帽子がぽかぽかする方向へと進むと、
 やがて、小さな公園にたどりつきました。

 そこには、ベンチでしょんぼりと座っている、よく学校で見かける同級生の男の子 がいました。

 名前は リョウタくん
 クラスは違うけれど、廊下ですれ違うたびに、
 いつも小さく会釈してくれる礼儀正しい子です。

「アヤネ……ちゃん?」

「リョウタくん? どうしたの?」

 リョウタくんは、ぽつりと言いました。

「……お母さんが、きょう遅くなるって。
 家の鍵、忘れちゃって……どうしようって思ってた」

 その言い方は、泣きそうで、
 でもがんばってこらえている声でした。


 アヤネちゃんは、ぺたんとリョウタくんの横に座りました。

「うち、すぐそこなんだよ。
 よかったら、時間つぶしていかない?」

「……いいの?」

「もちろん!」

 アヤネちゃんは笑いました。
 するとリョウタくんも、ほっとしたように笑いました。

 家に戻ると、はこぶりんが待っていました。

「おかえりなさ〜い。
 ちゃんと、つながりましたねぇ」

「うん。リョウタくん、ひとりで困ってたの」

「そのぼうしは、“いま必要としてるひと”を見つけるんです〜。だから、しばらくアヤネちゃんにかぶっててもらえると、ぼくはうれしいです〜」

「そっか……ありがとう、はこぶりん」

「えへへ。ぼくも、たのしいです〜」

 帽子は、しずかにぽかぽかと輝いていました。


 その日から、アヤネちゃんはときどき“おとどけぼうし”をかぶるようになりました。

 帽子がぽかぽかするときは、だれかが、ちょっとだけ困っているとき。

 すれ違いのやさしさが、そっとひとつ結ばれるたびに、はこぶりんは、ころころとうれしそうに笑うのでした。


森のむこうのきのみやさん


 やわらか町のはしっこには、小さな丘があって、そのむこう側は、ふかふかの森になっています。
 森の木々は太陽にあたると、まるで飴色にとけたみたいにきらきらして、風が吹くたびに、ほんのりあまい匂いがしました。

 アヤネちゃんは、そこを通るのが大好きでした。


 だけどある日、森の入り口に、ちいさな手描きの看板が立っているのを見つけました。

「きのみやさん きょうかいてん」

 見たことのない看板です。
 昨日まではなかったはずなのに。

「……きのみやさん?」

 気になって、アヤネちゃんは森の中へ入っていきました。
 落ち葉を踏むと、しゃくしゃくと気持ちのいい音がします。
 どこかで鳥の声が、ひかえめに響いていました。

 それから五分くらい歩くと、
 ぽつん、と丸太でできた小さなお店が見えてきました。

 屋根は木の葉で編まれていて、
 窓はどんぐり色。
 ドアの前には、小さな鈴がゆれています。

 アヤネちゃんがちょん、と鈴を鳴らすと、

「いらっしゃーいませぇ」

 もこもこした声が、お店の奥から聞こえてきました。


 中に入ると、ころころした丸い生きものがカウンターに立っていました。

 色はくり色で、耳がちょこんととがっていて、しっぽがふわふわしている……
 リスのようで、リスじゃない。
 ネズミのようで、ネズミじゃない。
 はこぶりんと親戚なのかもしれない生きものです。

「ぼく、くるみのコロ といいます。
 本日はご来店ありがとうございます」

 コロは、えへへと笑いました。
 その笑い方は、どんぐりみたいにころんとしていて、見てるだけで楽しくなります。

「ここ、なに屋さんなの?」

「はじめたばかりの、ちいさな“きのみや”です。
 森の木の実を、すこし特別なかたちにして売ってるんです」

 コロは、カウンターの下をごそごそと探って、
 ひとつの小瓶を取り出しました。


「こちら、“おしゃべりどんぐり”です」

 アヤネちゃんは、小瓶の中をのぞきこみました。
 丸いどんぐりがひとつ、ころんと入っています。

「夜になるとね、昨日の楽しかったことを小さな声で話しだすんです。
 枕元に置くと、すこしだけ元気が出ますよ」

「かわいい……!」

 コロはさらに別の瓶を出しました。

「これは、“ねむねむベリー”。
 湯気にかけると、いい夢が見られます」

「すごい……全部、不思議だね」

「ふふふ。森には、まだまだ知られていない実がたくさんあって。
 ぼく、ひとりで集めて、こうやってお店にしてるんです」

 コロは誇らしげに胸を張りました。
 その姿はとても愛らしくて、アヤネちゃんもつられて笑ってしまいました。


 アヤネちゃんは、しばらく迷ってから言いました。

「……この“おしゃべりどんぐり”、ひとつください」

「ありがとうございます!」

 コロは、ていねいに小さな袋に入れ、
 レシート代わりに葉っぱを一枚そえて手渡してくれました。

 アヤネちゃんが受け取ろうとしたとき、
 コロが、ひそっと声をひそめました。

「ねえ……ひとつだけ、お願いしてもいいですか?」

「うん?」

「このお店、まだ誰にも知られていなくて……
 ほんとは、すこし、さみしいんです」

 その言い方は、どこか懐かしくて、いつか会った子の声を思い出させました。

「だからまた来てくれると、うれしいです」

「もちろん! また来るよ」

 アヤネちゃんが言うと、コロの耳がぴん、と立ちました。

「ほんとですか!
 じゃあ次来たとき、特別な木の実をひとつお見せします!」

「え、どんなの?」

「ひみつです!
 でもね……すっごくいい実です」

 コロが胸を張るので、アヤネちゃんはうふふと笑いました。


 森を出るころ、アヤネちゃんのポケットの中で、買ったばかりのおしゃべりどんぐりが、ころん、と動きました。

 そっと取り出すと、どんぐりは小さく息をするみたいに、かすかに光りました。

 「ありがとう」と言っているように見えました。

 アヤネちゃんはそっと、ポケットに戻しました。

 また来よう。
 明日か、明後日か、いつになるかわからないけれど。


 きっとあの小さな店では、くるみのコロが、今日と変わらない笑顔で待ってくれているはずです。


はこぶりんの朝ごはん


 やわらか町では、朝になると小さな“音”がそこらじゅうで聞こえてきます。

 たとえば……
 新聞がポストに落ちる、ぱさりという音。
 牛乳びんのふたが、ころんと転がる音。
 パン屋さんの早起きの足音。
 それから、知らない人には聞こえない、もうひとつの音。

 ちり、ちりちり……ちり。

 アヤネちゃんは、その音を知っていました。

「また来てる……はこぶりんだ」

 玄関をそっと開けると、家の前の植木鉢の陰で、ちいさな茶色い影が動きました。

 丸い背中に、ひとまわり大きな段ボール箱を背負っていて、耳の先っぽだけ白い、リスでもネズミでもない、不思議な生きもの。

 それが はこぶりんです。

「おはよう、アヤネちゃん」

「おはよう、はこぶりん。
 また朝ごはん運んでるの?」

「うん。町じゅうの“起きられないひと”のところにね。
 ぼく、頼まれてるんだ」

 はこぶりんは、段ボール箱の中を見せてくれました。

 そこには、ホットケーキの香りがする夢のかけら、半分眠ったままの苺ジャム、あくびが混ざったチョコパンの影、そして「朝の光」をひとさじ瓶につめたようなものまで入っていました。

「今日の分、まだまだ重くてさ……」

 はこぶりんは、よいしょ、と背中を揺らしました。
 アヤネちゃんはしゃがみ込み、段ボール箱に手を添えました。

「……ねえ、ちょっとだけ、運ぶの手伝ってもいい?」

「えっ、いいの? でも、重いよ?」

「わたし、昨日“夜ふかしポスト”の前にいたからね。
 ちょっと眠いけど、手伝えるよ」

 はこぶりんは、目をぱぁっと輝かせました。

「ありがとう!
 じゃあまず、となりのおばあちゃんのところ!」

 二人はそっと歩き出しました。


 おばあちゃん家の郵便受けに、はこぶりんは小さな包みをそっと入れました。

「これはね、“昨日の夢の続きを、ちょっとだけ見せてくれるパン”なんだよ」

「おばあちゃん、きっと喜ぶね」

「うん。昨日、おばあちゃん、夢の途中で起こされちゃったから」

 次のお家では、小学六年生の男の子がぐっすり寝ていました。

「ここにはね、“勇気のミルク”を置いていくんだ。今日、発表があるんだって」

「発表、応援だね」

「そう。ぼくたち、朝の応援係なの」

 そう言って、はこぶりんはえへへと笑いました。


 いくつかのお家に配達を終えると、はこぶりんは段ボールのふたを閉じました。

「アヤネちゃん、いつも見つけてくれてありがとうね。
 普通の人には、ぼくたち見えないんだ」

「どうして?」

「朝が苦手な人だけ、ぼくの姿が見えるの。
 アヤネちゃん、実はちょっとだけ起きるの苦手でしょ?」

「……わかるんだ」

「うん。眠たい目って、やわらかい光が入ってるからね」

 はこぶりんは、ふわふわの尻尾を小さくゆらしました。

「ねえ、アヤネちゃん。
 今日、ほんのちょっと楽しい一日になるよ」

「どうして?」

「ぼく、さっき“あさの光”をひと粒落としたんだ。
 アヤネちゃんの足もとに」

 アヤネちゃんは足もとを見ると、小さな光の粒が、キラリと跳ねて消えていきました。

「それ、拾うとね……
 いいことがひとつ起きるの」

「いいこと?」

「なにが起きるかは、ぼくにもわからない。
 でも、きっとやわらかいことだよ」


 その日の帰り道。
 アヤネちゃんは通学路の角で、久しぶりに仲のいい友だちにばったり会いました。

「ねえ! アヤネちゃん!
 今日、いっしょに帰ろうよ!」

 彼女は、いつもよりずっと明るい声でした。

 アヤネちゃんは笑って言いました。

「うん! 帰ろ!」

 すると背中のほうで、かすかに、ちり、ちりり……と、聞き覚えのある音がしました。


 はこぶりんが、どこかでこっそり尻尾を振っているのかもしれません。


夜ふかしポスト


 アヤネちゃんのおうちの近くには、昼間はただの赤いポストなのに、夜になると“ひとつだけ違う場所に見える”ポストがありました。

 ちゃんと同じ場所に立っているのに、夜になると、どこか違う公園に来たような、見たことのない路地が後ろにあるような……
 そんな、不思議な“ずれ”を感じるのです。


 ある夜、少し眠れなかったアヤネちゃんは、お散歩に出て、そのポストの前で立ち止まりました。

「……やっぱり変だなあ」

 そのとき。

「こんばんは」

 ポストの向こう側から、声がしました。

 影からぬっと出てきたのは、小学生くらいの男の子。
 パジャマの上にコートを羽織っていて、片手には麦わら帽子を持っています。

「こんな時間にお散歩?」

「う、うん……なんとなく眠れなくて」

「ふふ、ぼくもだよ。夜ふかし仲間だね」

 男の子は微笑み、ポストに手をあてました。

「これ、“夜ふかしポスト”って呼ばれてるんだ。
 ここの前に立つとね、まだ寝てない人たちの声が聞こえるんだよ」

「えっ、声?」

「うん。手紙じゃなくてね、
 “まだ寝てない気持ち”の声が入るんだ。
 ほら、耳をすませてみて」

 アヤネちゃんがポストに近づき、そっと耳をあてるとーー

『ねむれないよ……』
『テストが心配で……』
『ゲームの続きやりたいな』
『あした早いのに……』

 いろんな声が、まるで湯気のように、ふわりふわりと流れ込んできました。

「わ……ほんとに聞こえる」

「でしょ? でも心配しなくていいよ。
 このポストはね、“ただ聞くだけ”だから。
 誰かに届けたりはしないんだ」

 男の子は帽子を抱えながら言いました。

「夜ってさ、ちょっと弱い気持ちが出てくるでしょ?
 その弱さを、ここは勝手に拾ってくれるんだ」

「拾う……?」

「うん。人って、眠れない夜に“話したいこと”が増えるからね。
 でも、誰かを起こすわけにもいかないでしょ?
 だから、かわりにこのポストが聞いてくれるんだよ」

 アヤネちゃんは、ポストを見上げました。

「じゃあ、わたしの“眠れない気持ち”も入ってるのかな」

「たぶんね。でも自分の声は聞こえないんだ。
 それはね、“自分で扱える”ってことらしいよ」

「ふーん……」


「ところでさ」

 男の子は、手に持っていた麦わら帽子をアヤネちゃんに差し出しました。

「こういう夜に出歩くときは、“夜ふかし仲間の証”が必要なんだ」

「麦わら帽子……?」

「うん。夜なのに夏みたいで変でしょ?
 でもこれをかぶってると、夜の道がこわくなくなるんだってさ」

 アヤネちゃんは、なんとなく帽子を受け取りました。
 さわると、ひんやりしていて気持ちいい。

「でも……返さないと」

「ううん、だいじょうぶ。
 ぼくはもう、そろそろ眠れそうだから。
 帽子は持ってていいよ」

「え……」

 男の子はポストの影にすっと立ち戻り、こちらを振り返りました。

「また眠れない夜があったら、その帽子を持ってきてごらん。
 このポスト、きっときみを見つけてくれるから」

「ねえ、名前は?」

 アヤネちゃんが聞くと、

「名前……」

 男の子は少し考えて、それからにこっと笑いました。

「じゃあ、こう言っておくよ。
 “おやすみ”って呼んで」

「おやすみ?」

「そう。ぼくは“おやすみ”」

 そう名乗った男の子は、
 ポストの影ごと、すうっと消えてしまいました。


 翌朝、アヤネちゃんは帽子を手に持ったまま目を覚ましました。

「ゆ、夢……?」

 ベッドで麦わら帽子を見つめると、ほんとうにそこに存在していました。
 昨日より少しあたたかい気がします。

 玄関の外に出て、赤いポストを見ると、ただのいつものポストに戻っていました。

 でも、アヤネちゃんは笑って言いました。


「……おやすみ。ありがとう」


 すると帽子が、風にゆれるみたいに、ほんの少しだけふるえた気がしました。