不意打ちのライバル?
オムライスの夜から数日。
俺と白雪さんの「お隣さんディナー」はすっかり定着していた。しかし、あの夜の「半分は本当、かも」という言葉が頭から離れず、俺は大学でも彼女を意識せずにはいられなかった。
そんなある日の昼下がり、講義の合間に中庭を通りかかった俺は、思わず足を止めた。
「白雪さん、これ、もし良かったら受け取ってくれないか?」
大樹の木陰で、白雪さんが男子学生から呼び止められていた。
相手は経済学部の藤堂。容姿端麗、スポーツ万能で有名な、いわゆる学内のカースト最上位にいる男だ。彼は高級そうなブランドの紙袋を差し出していた。中身はきっと、人気の限定スイーツか何かだろう。
(……やっぱり、藤堂みたいな奴が白雪さんにはお似合いだよな)
胸の奥がチクリと痛む。俺のような凡人が、彼女のプライベートな姿を独占していること自体が、奇跡のバグのようなものなのだ。
遠目から見守る中、白雪さんはいつも通りの美しい、けれど完璧に冷ややかな笑みを浮かべた。
「お気持ちだけいただきます。見ず知らずの方から物をいただくわけにはまいりませんの。それでは」
一寸の隙もない、流れるようなお断り。藤堂が言葉を失っている間に、彼女はヒールを鳴らして颯爽と歩き去っていった。
相変わらずの「氷の令嬢」ぶりに周囲の学生たちが感嘆の息を漏らす中、俺は彼女の後ろ姿を見送りながら、なぜかホッとしている自分に気づいた。
――しかし、事件はその夜に起きた。
「佐藤くん……聞いて、大ピンチなの……」
インターホンが鳴り、ドアを開けるなり、白雪さんがベソをかきながら転がり込んできた。いつもの灰色ジャージ姿だが、その手には、昼間に藤堂が持っていたあのブランドの紙袋が握られている。
「えっ、白雪さん、それ……藤堂からのプレゼント、断ったんじゃ?」
「断ったの! 断ったんだけど……! 講義が終わって自分のバッグを開けたら、いつの間にかこれが中に入ってて……!」
どうやら、彼女が席を外した隙にでも入れられたらしい。
「私、こういう高級なスイーツとか、お返しに何を贈ればいいか分からなくて……粗相があったら実家の名前に傷がつくし、どうしよう、どうしよう……!」
頭のアホ毛をこれでもかと激しく振り乱しながら、白雪さんは完全にパニックに陥っている。大学での冷徹な態度はどこへやら、贈り物のマナー一つで大パニックになるあたりが、いかにも箱入り娘の彼女らしいポンコツさだった。
「落ち着いて、白雪さん。ただのクッキーみたいだし、明日『困ります』って普通に返せば大丈夫だよ……それより、そんなに藤堂からのプレゼント、嫌だった?」
俺が少し意地悪に尋ねると、彼女はぶんぶんと首を横に振った。
「嫌っていうか……私、佐藤くんが作ってくれるご飯の方が、何百倍も嬉しいもん。こんなオシャレなクッキーより、佐藤くんの唐揚げの方がずっと食べたい……」
上目遣いで、ぽつりと溢された本音。
昼間のモヤモヤなんて一瞬で吹き飛ぶような破壊力に、今度は俺の心臓がうるさく音を立て始める番だった。
「……分かった。じゃあ明日の夜は唐揚げな。だからそんなに泣きそうな顔すんなよ」
「本当!? やったぁ!」
さっきまでのパニックが嘘のように、現金な笑顔を咲かせる白雪さん。
藤堂、悪いな。お前の高級クッキーは、俺の特製唐揚げに完全敗北したらしい。