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『月日』和Side~
結局、翔ちゃんはどうしたかったんだろう?
2週間もこっちにいたのに楓に会ったのは俺と三人で会ったあの日だけだった。
楓には何も言わずにまた向こうへと帰って行った。
翔ちゃんが帰る3日前に俺は翔ちゃんと会った。
「ごめん、忙しいのに呼び出して。」翔ちゃんは俺に謝りながらコーヒーショップの椅子に座った。
「大丈夫、忙しくはないし(笑)」
「そっか。」
「それより、いつ帰るの?」
「3日後…かな。」
「翔ちゃんから連絡待ってたんだ。もう帰るんだ。2週間だもんな。あっという間だよね。」
「うん。」
頷きながら翔ちゃんはコーヒーを一口飲んだ。
「楓には?会ったんでしょ?毎日会ったりしてたの?」
「あのさ、カズ…」
翔ちゃんは何かものすごく重要な事を話すみたいに真剣な顔で俺を見た。
「どうしたの?真剣な顔して。」
「楓のこと、よろしく頼む。」
そう言って頭を下げる。
下げた頭がテーブルについてコツンと音がした。
「ちょっと、翔ちゃんどうしたの?楓を頼むって何?」
「この前、3人で会った時に気付いたんだ。楓は…カズといる方が笑うって。笑顔をたくさん見た。俺と海外で暮らしてる時はあんな笑顔しなかった。」
「だからって、どうして…楓を頼む、なの?」
「楓はさ、俺の事は好きじゃないよ。気付いた気がする。いや、本当はとっくに分かってたんだ。」
「だって、この前はさ久しぶりに3人で会ったんだし、楽しかったから笑ってたんじゃないの?違うの?」
「違う…違うよ。カズといると本当に楽しそうだった。俺にはあんな笑顔引き出せないよ…」
「翔ちゃん…でも…」
「ごめん。俺はこのまま楓には会わずに帰るよ。」
「だって、楓は?翔ちゃんに連絡して来ないの?」
「いや…会おうって連絡は何度かあった。でも断った。」
「断った…って…楓に気持ち確かめもしないで帰るの?逃げてるだけじゃん。翔ちゃん、しっかりしなよ?」
「ごめん、怖いんだ。楓がカズを好きだって。そう言われたら…って。」
「何言ってんの?楓は…」
俺はそこまで言って言葉に詰まった。
楓に告白された事を思い出していた。
あの時、俺が楓の気持ちに答えていたら良かったのか。
そしたら、翔ちゃんもこんな風に悩まくて済んだのか。
やっぱり楓が好きだって、俺もちゃんともっと…
ちゃんと気持ちに答えたら良かった…
バカだな、今更。
「カズ、楓を頼んだ。もう日本には帰って来ない。海外勤務が終わるまで戻るつもりはないんだ。」
翔ちゃんはそう言った。
それから俺は楓に会うこともなくなって、翔ちゃんも海外勤務が終わるまでは帰らないと言った通り、本当に向こうに行ったきりになった。
そして…
あれから何年経ったんだろう。
いつの間にか月日は流れ、俺も30代になった。
時々会う紗栄子ちゃんに楓の話しは聞いていた。
結局、翔ちゃんと楓は別れたのか続いているのか…
曖昧なままらしかった。
紗栄子ちゃんには何度も楓にもう一度会うように言われていた。
でも、会う勇気はなかった。
好きだと言われたのに俺が翔ちゃんの所に行かせたわけだし。
今更、好きだなんて。
虫がよすぎる。
でも、楓?
俺は今でも好きだよ。
会えない間にもっと好きになっていた。
そして、その日は雨が降っていた。
あの時の、雨宿りした時みたいに。
雨だったんだ。
続く