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潤は、どのくらいそこに座っていたのか。
ずいぶん長く座っていたような気がしたがそんなに時間は経ってはいなかった。
「潤?」
潤は、自分が呼ばれたような気がして顔をあげた。
辺りを見渡す。
空耳?
するともう一度「潤」と聞こえてきた。
「あけみ?」
潤は立ち上がって振り向いた。
そこには紛れもなく本物のあけみが立っていた。
「あけみ!」
潤は思わずあけみをギュッと抱きしめた。
「潤、痛いよ。」
「ごめん。大丈夫なの?階段から落ちたって。」
「私は大丈夫みたい。一緒にいた友達が私を守るようにして一緒に落ちたの。私は、一瞬の事で覚えてないんだけど。。」
「友達?」
「その人、怪我しちゃってて。私は、落ちた衝撃でびっくりして。」
「友達って?」潤はもう一度聞いた。
あけみは言いにくそうに答えた。
「タケルくんだよ。この前マンションの前で会った人。ごめんね。」
「救急車で運ばれたって?そこのお店の人に聞いたんだ。大丈夫なの?」
「うん。大丈夫。なんか大げさに救急車呼ばれちゃって・・・本当に擦り傷。タケルくんもね、擦り傷だらけだけど・・・平気みたい。」
「それで、病院から来たの?」
「どうしても今日潤くんに会いたくて。」
「歩いて来たの?」
「まさか、タクシーで。ごめんね、潤。こんなに待たせちゃって。」
「本当だよ。すごく待って。本当に心配して。携帯も繋がらないし。」
「携帯、家に置いて来ちゃって(笑)」あけみはクスッと笑った。
笑った時に髪をかきあげた手が少し擦りむいているのが見えた。
「怪我してる。」
潤はその手を見て言った。
「大丈夫だよ。」
あけみは小さく微笑んだ。
潤は目の前にいるあけみを見つめた。
あけみは潤を見つめたまま口を開いた。
「潤くん。私・・・」
あけみがそこまで言うと潤はあけみの口に自分の手をあてて口を塞いだ。
「言わないで。」
少しずつ空が茜色になっていく。
風が二人の間を吹き抜けてあけみの髪が揺れた。
時間が止まったかのように二人はそのまま見つめあっていた。
潤はあけみの口を塞いでいた手をどけてあけみの手を取った。
「あけみ?」
「うん。」
「やっぱりさ。あけみがいないとダメだ。」
「うん。」
あけみは下を向いて照れくさそうに小さく笑った。
「これからも俺といてくれる?」
「うん。」顔をあげて潤を見つめた瞳から涙がこぼれていた。
それを見て少し慌てた潤が「ごめんね、嫌だった?」とあけみの顔を覗き込んだ。
「ううん。嬉しいの。」
泣きながらあけみは微笑んだ。
潤は、そっとあけみを抱き寄せるとギュッと強く抱きしめた。
人混みの中二人は強く抱き合った。
体を離すと二人は唇を重ねた。
もう、絶対離さない。
潤はそう思った。
空は薄暗く綺麗な紺色に変わっていた。
それから二人は手を繋いで歩き出した。
「お腹空いちゃった。」
あけみが潤を見て言った。
「何か食べて帰ろうか。」
「うん。」
二人は手を繋いだまま寄り添うようにして歩いた。