私の好きな人。
智くん。
私は彼には敵わない。
彼の方が一枚うわて。
『ねぇ、今日は出かけないの?休みなんだし。』
『出かけない』
智くんは釣り雑誌から目を離さない。
『ねぇってばっ』
私が智くんの背中にピタッとくっついても何も言わない。
『ん~』
まだ雑誌に目を落としながら、そう言うだけ。
『ねぇ、天気もいいし、釣りに行く?』智くんの顔を背中から覗き込む。
『おっ!行くかっ?!釣りっ』
智くんは急に目をキラキラさせて私を見る。
『うんっ行こっ支度するっ』
私が智くんから離れて支度しようとすると、智くんが時計を見ながら言う。
『あっ、やっぱダメだ。』
『え~なんで?!』
『今から支度して道具用意して、なんてやってたら、遅くなっちゃう。明日は仕事だしな。』
『もぅ~』
私は近くにあったクッションを掴んで思いっ切り智くんに投げた。
『つまんないっ!!』
『痛っ!なんだよっ』
智くんは私にクッションを投げ返す。
『せっかくの休みなのに、せっかく二人で会えたのにっ』
私はむくれて智くんを睨んだ。
『ふふっ』智くんは私を見てふにゃっとした顔で笑う。
『なにっ!?』
『いや…オイラはおまえといればそれで充分だけどな。』
そう言って手を鼻に当ててフフフなんて笑ってる。
『もぅいい…』
私はこの顔に弱い。
こんな風に笑われたら私の心はキュッとなる。
やっぱり、智くんには敵わない。
私だって二人でいられればそれでいい。
『ねぇ、智くん?』
『なに?』
智くんは相変わらず雑誌に目を落としてる。
『私といて楽しいの?』
『そういう事聞かないのっ
楽しくなかったら一緒にいないって。』
『ふぅ~ん』
私はあぐらをかいて雑誌に目を落とす智くんの背中に自分の背中をピタッとくっつけて座った。
智くんの体温と呼吸を感じながら天井を見上げる。
『好き。』
私は思わずボソッとつぶやいてしまった。
『ん~』
相変わらず、そんな返事しかしない。
私の事やっぱり嫌い?
私と智くんは恋人?
考えてみたら《好き》って言われた事は一度しかない。
二人で会うようになっても、付き合ってるのか、何なのか…。
『智くん?もう会うのやめよっか?』
『…』
『智…?』
『ダメ』
『えっ?』
『…』
『キャッ』
寄り掛かっていた智くんの背中が急に動いて私は仰向けになった。
『智…』
私の顔を智くんが上から覗き込む。
智くんの唇が私に近付いてくる。軽く私の唇と当たる。
『あのさ…ちゃんと好きだから。』
『えっ?』
『ちゃんと目閉じろよ』
『へっ?』
逆さまに見えていた智くんの顔が今度は正面に見えた。
いつの間にか智くんに抱き起こされ智くんの腕の中にいた。
『目閉じろってっ』
『…うん』
私が目を閉じるか閉じないかで、智くんの唇は私の唇に当たった。
唇が離れると智くんは、私から離れて、また釣り雑誌を真剣に見はじめた。
『智くん、耳赤いよ?』
『うるせぇ』
そう言って雑誌から目を離さない。
私はまた智くんの背中に自分の背中をピタッとくっつける。
『ねぇ、好き。』
私はまた小さくつぶやいた。
『ん~』
智くんの温かい体温と呼吸を背中で感じる。
今度は智くんの背中にピタッと抱き着いて自分の頬っぺたを智くんの背中にくっつけた。
『こうしてると安心する。』
『うん。』
智くんは私がお腹に回した手をギュッと握った。
『おまえの手、あったけぇな。』
『うん…智くんの手も。』
智くんはまだ雑誌を見てる。
でもいいや。
こうしてるだけでいい。
私は自分の頬っぺを智くんの背中にキュッとくっつけて彼の体温と呼吸を感じた。
『あんまりくっつくと動きにくいって。』
『いいのっ!』
『おっぱい当たってるぞっ』
『もぅ~意地悪っ』
私が智くんから離れてむくれといると、『フフフ』と彼はまたふにゃっとした顔で笑う。
やっぱりこの顔には弱い。
私の恋人。
智くん。
大好きな人。
終わり。