いつも目で追ってるだけの人。
きっと向こうは私の存在なんてなんとも思ってない。
そんなふうに思っていた。
「何?」
「えっ?」
「ずっと見てたけど・・・」
「見てないよ」私が視線を反らすと彼は私の顔を覗き込んだ。
「顔、赤いよ(笑)」
「そ、そんな事ない・・・」
彼は私に優しく微笑みかける。
そう、目の前にいるのはいつも目で追っていた彼。
翔くん。
1ヶ月前。
その日は夕方から雨が降っていた。
会社の入口でこのまま濡れて行こうかと持っていた鞄を頭に乗せた。
よし駐車場まで走ろう!そう思って一歩前へ出ようとした時グッと腕を掴まれた。
えっ?
一瞬びっくりして振り返ると彼が私の腕を掴んで立っていた。
「あの・・・?」
「そのままだと濡れちゃうよ?」彼がちょっと微笑んで私にそう言った。
「でも、傘持ってないし、この鞄があるから。」私がそう言うと彼は「あはは」と笑った。
「鞄は傘じゃないよ、それじゃ鞄が濡れちゃう。」
そう言いながら私の腕を離して片手に持っていた鞄からガサガサと折り畳み傘を出した。
「これ。」
「えっ?でも。櫻井さんが濡れちゃう。」
「何言ってんの?一緒に入って行けばいいでしょ?」
「いいんですか?」
なんだか突然の事で私はびっくりした顔をしていたかもしれない。それもたぶん、マヌケな顔。
彼はそのあと何も言わず傘を広げて私と一緒に歩いた。
私の駐車場にある車まで歩くと「じゃあ」と言ってそのまま言ってしまった。
お礼を言おうと思ったのに行っちゃった。
それから会社で目が合うとニコッと笑ってくれる彼。
その彼が今は私の目の前にいる。
いつの間にか・・・
2人は自然と〝そう言う関係〟になっていった。
「本当はさ、ずっと君を見てたんだ。雨が降って困っている君を見てチャンスだと思った。」翔くんは照れくさそうに私にそう言った。
「お礼を言いたかったのにすぐに行っちゃうし。」
「なんか恥ずかしくて。」そう言いながら顔がほんのり赤い彼をますます愛おしいと思った。
テーブルを挟んだ向こうに翔くんがいて2人でコーヒーを飲んでいる。
そんな光景が今でも不思議。
私の片想いだと思っていたのに彼も私を見ていたなんて。
彼の部屋はいつも甘い香りがした。
そんな甘い香りに包まれて私は今日も彼のベッドで彼に包まれて眠りに落ちる。
会社では見せない甘い顔を私に見せる。
唇が重なると私の胸はギュッと苦しくなる。
彼が好きと言う気持ちが私の鼓動を早くする。
「ドキドキしてる?」私の髪を撫でながら翔くんは私の顔を優しく見つめる。
「うん、少しね。。」
「実は俺も・・・ドキドキしてる。君とこうしてるのがまだ信じられない。」
翔くんはそう言ってふふっと優しく笑った。
私もまだ信じられないよ。
でも目の前にいるのは確かに翔くんだ。
今日も甘い香りに包まれて眠り落ちる。
好きだよ、翔くん。
俺も。言葉にするとやっぱ恥ずかしいな。
そう言いながら翔くんは私の唇に優しく唇を重ねた。
好きだよ。
うん。
Fin