インコの心ちゃんが、2021.7/15 朝に永眠しました。
7/7に、8歳の誕生日を迎えたばかりでの旅立ちでした。
亡くなってから、2か月が経過しましたが、未だに、心ちゃんが居ない事が信じられません。
Twitterには、亡くした後の想いを少し呟いていたのですが、このアメブロでは、心ちゃんと出逢った日からを綴ってきていたので、心ちゃんを雛の頃から知っていて下さる方もいらっしゃって、余計に報告が出来ず、今になってしまいました。
ここに書かなければ、心ちゃんが亡くなった事にはならない様な、終わらない様な、最後にならない様な…。
アメブロで報告する時は、心ちゃんを虹の橋に送り出す時の様に、この2か月間感じていました。
今も、心ちゃんのケージには、生前と変わらないお世話をしています。
夜には『おやすみ、また明日ね』とカバーを掛け、朝には『おはよう』とカバーを外し、ご飯とお水の用意をしています。
御骨がある棚にも同じ事をしているのに…変ですね。
けれど、心ちゃんの物やケージをしまう事は、しばらく出来そうにもありません。
心ちゃんは、雛の頃から色々と大変な想いをしてきた子でした。
成鳥になるまでは顎が外れやすかったり、翼の骨格自体に問題があり、力強く羽ばたく事が出来ず、心ちゃんは飛ぶというアイデンティティーを諦めずに頑張っていましたが、生涯、2メートル程度を飛ぶのがやっとでした。
8年間、放鳥中は私の肩にいるのが殆どでした。
そして、アメブロの過去の心ちゃんの記事にも書いてありますが、心ちゃんは卵巣と子宮に難があり【異常発情】と【異常産卵】に長く苦しみました。
当時は、名前を呼んだだけでも発情をしてしまい、そのまま癲癇を起こしてしまう状態でした。
それは2歳~4歳まで続き、普通の子では考えられない量の無精卵をほぼ毎月産みました。
全身麻酔で卵管の切除手術か、効く保証のないホルモン注射を毎月続けていくか…どちらもショック死のリスクが高いと言われ、心ちゃんの辛そうな様子にはとても悩みました。
発情をさせないために、いっそ部屋に閉じ込め、誰も声も掛けず無視をして暮らしてみては…などという極論も飛び出しましたが、とても私には行えず、卵詰まりをさせない事を第一に定め、獣医とも相談をし、最善の注意と食べ物にも気を付けて手術はしませんでした。
4歳になる頃には、何故か突然に卵を産む事が無くなりました。
余計な発情もする事は無くなり、癲癇の症状も消えました。
そうして、ただただ私の事が好きで、穏やかに側にいる事が幸せだと、全身で伝えてくる様になりました。
この頃、私はガンになってしまい、心ちゃんには長いお留守番を経験させてしまいましたが、それ以降は仕事の休日は家にいる事も増え、調子の悪い日もあった私を、甲斐甲斐しく世話する様な素振りを見せました。
ガンになった時にも思いましたが、余命を教えられた時には更に、『心ちゃんを遺しては死ねない!』と、頑張れました。
実際に、心ちゃんを遺して私が先に逝く事にならずに、看取る事が出来、それだけは約束を守れたと思っています。
今から2年半前に最愛の叔父が突然亡くなり、叔父の遺品整理で疲弊する日々の中で、再び私に病気が見つかり、約1年を治療の副作用の為に自宅でほぼ寝たきりで生活していました(現在は大丈夫です)
その期間とコロナ禍が諸に重なり、私はここ2年半程、在宅で自分が出来る仕事をしてきました。
(2021.9/15現在も、読み聞かせも全面的に活動自粛中です)
最初こそ、『どうして今日もおねえちゃんは家にいるの?』と不思議そうにしていた心ちゃんでしたが、朝から夜まで一緒にいられましたから嬉しそうにしていました。
外で仕事をしている時には時間に追われて、心ちゃんの行動を急かす事もありましたが、コロナ禍と病気のおかげで在宅になり、心ちゃんのペースに合わせたお世話が出来ました。
その事は、お互いにとって良かったと思っています。
じっくりと向き合う時間は、これまで以上にお互いの信頼関係や愛情を深くしてくれました。
私自身は状況的に大変だったのですが、私の胸元で毎日安心してお昼寝をする心ちゃんの姿を見る度に、『いつか近いうちに、心ちゃんとの毎日が幸せだったと懐かしむ時が来るんだな…』と感じていました。
7歳を近くして、心ちゃんの体調に急な変化が現れ始めました。
主に換羽期に体調を崩す事が増え、換羽がなかなか終わらず、梅雨など湿度や気圧の変化に弱くなりました。それは胃腸炎になり現れました。
短期間ですが、殻の無い卵黄だけの異常卵を産んだ事もありました。
その度に早朝から獣医に診てもらい、胃腸炎の薬を飲むと、翌日にはケロッと良くなるのですが、嘔吐する度に『今日が峠』と何度も言われました。
インコ界隈で耳にする、『7歳という年齢はインコにとっては大きな壁。8歳を超えられれば長生き出来る』と、いう話を私は信じ、8歳を迎えさせる事に懸命でした。
ご飯を消化の良いものに変えて腸内環境も整えて…けれど、今となってはそれが最善だったかも良く分かりません。
4歳迄の心ちゃんは、いつ命が尽きてもおかしくない状態でした。
あんまりな様子に『長生きは出来ないかもしれない』と、当時は覚悟をしていました。
けれど、4歳以降は元気に楽しく暮らして来たので、10歳…いや12歳位迄だって楽勝な気がしてきていて、何より、お互いにとって無くてはならない存在になっていて、離れるなんて想像も出来なくなっていました。
心ちゃんが亡くなったのは朝でした。
深夜に少し嘔吐をしました。
ほんの少しだけで、吐いた後はスッキリしている様に見え、表情も動きも良く、緊急を要する様には見えませんでした。
いつもの嘔吐と比べて安心してしまったのです。
けれど、その晩はいつまでも寝ようとせず、ケージから出してほしいと主張し、私もこれまで一度も夜中にケージから出した事はなかったのですが、この最後の夜だけは、抱っこをせがむ心ちゃんを一晩中抱いていました。
寂しそうな声を出し、私の顔を見詰め、しがみついて離れない小さな姿が今でも頭から離れません。
明け方を越え、安心した途端に、急にぐったりとし水も飲めなくなりました。
心ちゃんの意識が朦朧とするまでは数分の出来事でした。
明らかに今までの体調不良とは違う…。
病院に車を走らせても間に合わない事は分かりました。
8年間で口癖になった、『大丈夫、大丈夫だよ』 と声を掛け続けましたが、最後には、心ちゃんは私が抱きしめている事も分からなくなっていた様で、『おねえちゃん離れないで』 『行かないで』という意味の、彼女なりのいつもの呼び鳴きをすると、身体を2度大きく痙攣させ、心ちゃんの鼓動は私の手の中で止まりました。
その顔は笑っている様な表情でした。
(※これは生前のお昼寝の写真です↓)
心ちゃんは、寂しがりやで甘えんぼで愛情深い子でした。
私は今まで生きてきて、人間にも他の生物にも、こんなに愛された事はありません。
幸せな8年間でした。
彼女は私をパートナーだと思っていたし、私を突然変異の鳥だと思っていた様に思います。
ですから、何度も悩みましたが、心ちゃんの性格上も考え、他にインコの仲間を迎えませんでした。
私にとって、心ちゃんは小さな体に大きな魂を持った大切な家族でした。
守られていました。
大好きよと言うと、甘い声で答え、私の上唇に上クチバシを当てて何度もキスをしてくれました。
雛の頃から歌や本が好きで、一緒にうたったり絵本を読み聞かせしたりもしました。
心ちゃんが亡くなった日も翌日も、その姿を荼毘に伏す日まで、心ちゃんが好きだった歌をうたって絵本を読んで聞かせました。
…常に肩やヒザや頬にあった温もりや重さがない事が、2か月経過した今でも信じられません。
私の涙ばかりが止まりません。
幸せな毎日を、ありがとう。
また逢えるからね。
待っていてね、心ちゃん。
心ちゃんに逢える日を想ったら、おねえちゃんはもう少し頑張れます。
日向ぼっこ、しょうね。
お昼寝しようね。
心ちゃんが皆に自慢出来る様なおねえちゃんになって、心ちゃんに逢いに行きます。
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@読み聞かせ屋サチエ
おはようからおやすみまで呟き。
絵本とインコ成分多目。
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普段は絵本で読み聞かせの活動をしていますが、ウェブ上では著作権フリー作品・青空文庫・昔話再話・創作等を朗読していきます。
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