不定期エイガカン


サウスパーク/無修正映画版(South Park: Bigger, Longer & Uncut)

1999年 米(アニメ)

監督 トレイ・パーカー( Trey Parker)



不定期エイガカン

微妙に関係あるけど関係ありません。


どんな相手にも喧嘩を売ると言う意味で――、アメリカを体現するアニメ「サウスパーク」が映画になった。

アメリカの田舎町「サウスパーク」に住む子供たちは、カナダの下ネタ漫才コンビ「テレンス&フィリップ」が大好き。

T&Pの映画を見た主人公スタンら4人は汚い言葉に染まっていく。

そのことに怒ったサウスパークPTAはカナダに猛抗議。

抗議運動は全米に広がり、さらには米加の全面戦争に発展する。

テレンス&フィリップは戦犯として捕らえられ、公開処刑されることに。

それに対して子供たちはレジスタンスを結成し、テレンス&フィリップの救出を計画する。

――はたして子供たちは、愛するテレンス&フィリップを救えるのか。



不定期エイガカン

全編〇〇くさいミュージカル調。



三十分一話完結を基軸としたアニメではあるが、映画化する以前よりサウスパーク本編で二本立て、あるいは三本立ての構造を作っていた。

密度の濃い、畳み掛けるような内容が魅力のサウスパークだが、この映画版はちょっとヒドイ。



不定期エイガカン

うんこ、シッコ、まん〇。



おもしろいっちゃ面白いけど、やっぱ物足りない。

それが映画版サウスパークである。


アニメ本編であれば、一人につき一エピソードを掘り下げていく為、うんこネタひとつ取ってもどす黒い太巻うんこ。

バベルタワーのごとく立派なものである。

しかし映画版は幅広い客層を意識してか、仕方ないとは言えどこか説明調でげんなりする。

説明されすぎて先の読める展開に、腹痛くなってゲリ便である。


又、新登場のキャラクターに時間をさく割にはそれがあんまりにあんまりすぎる。

おもろくないねん。なんでやねん。

日本語吹き替え版が、何故か関西圏仕様に変わっているのもおサムイ原因のひとつである。

訛りなんて意識しなくていい、吹き替えてる時点でオリジナルとは違うのだから。



不定期エイガカン

カナダ人のせいで世界戦争である。



がっかりの原因はこれだけじゃない。

テレンス&フィリップ、そしてサダム・フセイン回に当たりは無いと感じる個人的意見から、三人勢ぞろいしたこの映画はもうピーワード連発したいくらいアレでコレでソレなのだ。

やばいよこれほんとにつまんねぇ、面白いのはカートマンが歌う「カイルのババアはスーパービッチ」と言う歌くらいだ。



不定期エイガカン

本当にこいつはもう。



なんやかんや言ってもサウスパークは楽しい。

言えないことを言っちゃうし、考えもつかないことをやってくれる。


劇中、なんでもかんでもカナダのせいにする歌は実に突き抜けたアホでたのしいし、ふと気が付けば口ずさむ名曲である。

とりあえずもう、カナダが全部悪いってことにしておけ。

落ち込んだ日は、サウスパーク・無修正映画版を見てシコシコ自分を慰めなさい。

なんとなく表面上は元気になるでしょう。それだけでもすんごい事だ。



不定期エイガカン

偉大なるうんこの精は犠牲になったのだ・・・。

不定期エイガカン

カナダマークを付けて、明日からキミもストレスフリーへ。


不定期エイガカン

まあ寝るのが一番こころを落ち着かせますんで、ピグも程々に。


不定期エイガカン


ソウ(SAW)

2004年・米
監督:ジェームズ・ワン(James Wan)




不定期エイガカン

闇のほっぺ赤い人形がキミに襲いかかる。



目が覚めると、部屋の中央には死体。

対角線上には足を鎖で繋がれた2人の男、ゴードンとアダム。

犯人が突如として始めたゲーム。

「君たちは死につつある」「6時までに相手を殺すか、自分が死ぬか」。

与えられたのは、ジグソウからのメッセージが入ったカセットテープレコーダー、一発の弾、タバコ2本、着信用携帯電話、2本のノコギリ。

2人は犯人が部屋に残したヒントを手掛かりに脱出しようとするが――。

一方、謎の猟奇殺人鬼「ジグソウ」を追っていたタップ刑事とその相棒・シン。

異様な殺人現場に残された手がかりをもとに、2人はジグソウを追い詰める。


不定期エイガカン

ドント・ストップ、


不定期エイガカン

ミンチの刑。



一作目を見たときは、本当にびっくりした。

こんなに面白くて怖いスリラー映画があっていいんでしょうか。

良いんですよ、ねえ。本当に凄いなあ・・・続編作らなければなあ・・・。


つー、スリー、ふぉー・・・と続くうちにどんどん殺し方が雑になっていく。

取り敢えず血糊マシマシで、みたいな感じである。

だから見るなら一作目と六七くらいで良いんじゃないかな。

映画の冒頭で必ず前回までのあらすじをやるので、六飛ばして七からでも大丈夫、理解できる。



不定期エイガカン

このおいちゃんこわい。


このおいちゃんである。

おいちゃん、身重のワイフ(これが若くて美人)が流産させられたことで悪魔に魂を売り、復讐のカラクリを作り上げるのだった。

そんでまあ3~5くらいの間はおいちゃんが選抜したジグソウ二代目・三代目が世の悪を懲らしめるのである。おいちゃん死んじゃうからね。


おいちゃん死す。死ぬんです、これはいいね。

死人には勝てないって良く言うけど、おいちゃん死ぬことではくがつきましたよ。


そして、続編からどうも殺しに精彩を欠くのは所詮弟子だからか、と視聴者は納得せざるを得ないのだ。

マンネリ除けである。


不定期エイガカン

パチモンとか・・・色々出たなぁお前・・・。


でもこのおいちゃんって、生粋のサイコパスじゃないんだよね。

そのケはあったんだろうけど、我が子を失う事でスイッチが入っただけだ。

だからなんとなく、執念にはぞっとするけど薄気味悪さはそれほどじゃない。

どちらかと言うとショボイ。

続編のせいで。





不定期エイガカン

PIECES OF APRIL
2003年・米
監督 ピーター・ヘッジズ(Peter Hedges)



不定期エイガカン

ケイティ・ホームズ、七面鳥に食われる。



NYはハーレムのボロアパートにて、黒人の彼と気ままなその日暮らしを楽しむエイプリル。

遠く田舎の家族とは、もう長く会っていない。

チクリとする罪悪感が浮かんでは、胸の内へ仕舞い込む。

そんな中。

見てみぬふりの日常に舞い込んだ知らせは。



不定期エイガカン

切って詰めて巻いて焼きゃあ、いいんでしょ。


主人公エイプリルよりも、七面鳥が画面に映る割合の方が高いかもしれない。

母親と仲違いしたままの娘は、母の余命いくばくもない事を知る。

嫌いだ、好きだ、許せない、許さなきゃ。

エイプリルは葛藤する。

そしてエイプリルの決断は――・・・七面鳥を焼くことにした。

そうだ、七面鳥を・・・。



不定期エイガカン

ターキー狩ろうぜ。


感謝祭が現代のアメリカ国民にとって、どれほどの価値を持つのかは分からない。

収穫を祝う宗教的な意味合いから、親族・友人を招いた大規模な食事会へと変貌を遂げた歴史の中で、多数の家族行事のひとつに過ぎないのかもしれない。


エイプリルは感謝祭の食事会に家族を招いた。

大きな七面鳥がつやつやと、香ばしい脂の匂いをテーブルに行き渡らせて、周りには伝統的な装飾を。

そんな食卓を想像しながら、家族との和解を思った。


でもあれだ。

家族構成は五人。

気弱なパパと死にそうなママ、妹嫌いの姉、無気力な弟、そしてババア。

この五人に田舎から出てきてNYまで来い、そして帰れ、って。

なんだっけ、実はもう何年も昔に見た映画だからそこのところがはっきりしないなぁ。



不定期エイガカン

量産されたトム・クルーズの嫁。


四分の三はエイプリルが七面鳥の調理に奔走し、合間合間に大都会へと向かう家族の様子が挿入される。

そして衝撃のラストシーン。

そう、散々弄り回された七面鳥にとって、これは衝撃である。


ジュノやなんかが好きな人にはオススメ。

もう一回見ないと記憶が薄れてなんとも言えない。