昨日お茶のお稽古の前に
いろいろ話をした
自分は人の話を聞いているようで聞いてないらしい
それはよく言われる
正直聞いた・聞いているふりをしているところがある
そしてかなり衝撃な事実が発覚した
それは
注意された時の自分の返事があまりにもそっけなく
全く聞いていないように他人からは見られていて
しかもちょっと不機嫌らしい
そらそうだ
聞いている「ふり」
をかなり無意識にしているのだから
いや心の奥の奥の奥の奥の底では意識的にバリアを張っているのだろう
しかし
自分では
そんなことないと
「思って」いた
いや「思いたい」ようだ
自分はそんなことでは
怒らない
イライラしない
と
「思いたい」
「そうでありたい」
と
しかし
実際に相手へ与える印象は
あまり
よくない
とのこと
本当にショックである
本当の気持ちを出すこと・人にはっきりと伝えることの難しさを
ひしひしと感じている
おそらく自分は極度に人から嫌われることを避けている・恐れている
ある時期から(中学生になるころ)そうやって生きていくしか
「ない」
と思っていた
今でも
思っているかも・・・
そして
それが
人と人の間に
「和」
「調和」
を産む
と
間違った思い込みを
しているかもしれない
そして
「忍耐」
「慈悲の心」
だと
今ではいいふうに思いたいのだろう
もしかしたら
とんでもない
勘違い
を
しているのではないか??
よく親からあんた自分のことやでわかってるんか??
って言われる
そして
昨日の話の中で
本当に心から自分が感じていること
が自分でわかっていないと気が付いた
一緒にお稽古している人からは
そんなことってあんの??
自分の気持ちが自分でわからへんの??
正直戸惑ったが
事実であることが
はっきりと気が付いた
(うすうすどっかで感じてはいたが)
どこまで自分の感情を人にだしていいかかが
わからなくなってきた
信頼おける人だけでいいよとそこにいるみんなは
言ってくれた
ありがたい
怒り・悲しみ・嫉妬・嫌悪・・・・・・
などマイナスの感情を出すことに抵抗があるのかもしれない
ただもし自分の考えていることや思っていることを
出しすぎると
とんでもない方向に向くのではないかとも
恐れている
ブレーキをかけていることも
自分で知っている
毎日もやもやしているのは
葛藤があるのは
本来だしたい感情を
100パーセント出しきれてないからなのかな
以前お点前をやっている時に
人が人とお互いに尊敬しあうためには
自分がどういう気持ちで今何をしているのか
ということが自分ではっきりとわかっている状態
にないとお互いが気持ちよく敬えないんではないかと
思ったことがある
相手のことがわからない不安・恐れから
脅したり
威張ったり
命令したり
批判したり
して
自分が安心したいだけ・優越感にひたりたいだけなのかもとか・・・・
なんかまとまりがないが
今感じていることを
書いて
モヤモヤはちょっと減ったかな
ただ最近はちょっとずつだが素直に行動できるようになっている気がする
その時は100パーセント他人のことを想っている
ブリザードフラワーをプレゼントしたいと
思う
花だけ買って
自分で作ってみる
以前の自分なら
恥ずかしさや他人の目を気にして
こんなおっさんっぽい奴がこんな買ってキモイとおもわれるんじゃないかな
とか勝手に想像して
何も
できなかった
しかし今はそんなことを他人にどう思われてもどうでもいい
っていうか思っているのは自分だけだったりして??
本当に大切なことはなんなのか??
自分が等身大でできることは何か??
を常に考えている
moment happiness