昨日最近お世話になっているうどんカリーVonnさんのとこで


海外から旅行中のお客さんにお茶を点てさせてもらった


だいぶん前にマスターにいろんな人にお茶を点てたいんですよね


って話をしてから


数か月経ち実現したこと


最近思うことは


人にはタイミングというものがある気がする


それは未来を予測して目標を立て計画的に行うこととは


全く別物


どちらかというと


いろんなことが重なり自分で意図してではなく


周りから支えてもらって


尚且つみんなが喜んで


自然に花が咲くように


喜びに満ちた行為




その時に起こることはまさにミラクルといっていいほど


なんの緊張感もなく


違和感もなく


何一つとして不自然ではない


実際にこういう瞬間ばかりでないはが


ちょっとずつ増えてきている



かなり時間のかかることである


それとは反面に目標や計画的に生きることが


かなり難しくなってきたいる


なんかぼけちゃったのかな・・・・・・


まぁもともとかもしれないが・・・



自分はお茶をならっているが


どのようにしたら茶人として生きていけるんだろうか??


人にお茶を教えること??


たくさんの人にお茶にふれてもらうこと??


心を和ませること??


それらのことは


お茶じゃなくてもできるんではないだろうか??



自分がどう「ある」のかが問われてる気がする



お客さんの一人にお茶道具をあげようか??


冗談か本気かわからなかったが


かなり容易に「ください」


って言った自分がいた


本当に欲しいと思っているわけでなはないが


言葉にでていた


そのあとに


その人から


茶人はそんなこと言うもんじゃないやろって


言われて自分の卑しさや恥ずかしさを感じた


この前も自分の我慢が足りず


親に悪いことを言ってしまった


お茶を習い


瞑想を習っている


そのなかで忍耐と自己観察をしている


しかしすぐに自分の感情に乗ってしまう


常に相手を思いやる心をいろんな人から教えてもらっているのに


まだまだ活かしきれていない


こつこつと実践していくしかない


moment-happiness







親と話をしていて


いつも仕事のことになると


喧嘩っぽくなる


親はまともな仕事をしていないと言う


何がまともな仕事なのだろうか??


自分はアルバイトという形で自転車店で働いている


親からしてみればこの歳にもなってまだそんなことをしているのか??


といった感じである


ではいったいどんな仕事がまともなのか??


親の世代ではおそらく正社員になって働くことなのであろう


そしてそれをクリアすると社会的にみて「評判のいい会社」「有名な会社」


そしてそれをクリアすると給料がとかなんとかかんとか・・・


永遠に幸せを追い求める旅路の始まり


それは死ぬまで続き


一時はよくなったり


悪くなっては愚痴をこぼしたり


テレビをみたり買い物ばかりして気持ちを紛らわす


そんな価値観を植え付けてきた人がいることにすら気が付かず


もしちょっとでもそのような価値観からはずれるようなこと


を話すだけでも


なんか変な宗教でもやってるんじゃないかと


疑う


問題点をそこにもっていくことがかなりおかしいのに


それすらも気が付かない


わからないこと=怖い=考えたくない=めんどくさい=自分の価値観を押し付けたい=


怒る=疑う=変な宗教なんだ・・・・


そうなると会話にならないことを無意識に理解しているんだと思う


じゃどうすればいいのか??


どこが解決のポイントなのか??


そこをさぐるしか今はない


そして今日の会話で思ったことが2つある


一つは自分のやっていることをもっと


親に対して積極的に楽しく心配させないぐらいに


PR・宣伝・広告活動がいるということ


それにはある程度の地位のある人から身近な人たちの証言が必要



書いていて情けないのがそこまでしなければ


いけない現状を生み出したのがまさしく


自分なのだということ




もう一個


実は「何をするのか」


とういことは大切なのだが


「どういう気持ちでいるのか」


ということの方がよっぽど


大切なのではないかとうこと



自分の尊敬する身近な人たちは


特に「何か」すごいことをしているわけでもない


しかし自分からみれば光輝く存在である


その人達自身に憧れる


みんな穏やかで争わず愚痴をいわず常に明るく


素直で謙虚でいつも他人のことを気にかけてくれている


それが自然とできている人たちに共通していることは


おそらく自分を信頼している


肩書でいばるような自信や嘘っぽいプライドではなく


心の奥底からにじみ出るような自信を持っている


もしそのような自分に対しての信頼感がなく人に接すると


あいつは言うことを聞かないとか


あいつはわかってないとか


変な疑いや心配ばかりするようになるのではないだろうか??


自分も昔はそうだったので・・・・


ただ今ははっきりとわかる




みんなそんなにかわらないんじゃないか??と





だからこそ相手に対して深い理解で接しようとする自分がいる



そしてわけて考えない


親の価値観もわからないでもない


そして今の価値観だけを押しとおす気もない


どこが調和のとれるところかを探したい


理想かもしれないが


やってみたい


Aさん=Bさん=Cさんの世界


みんな違うのだがみんな一緒


言葉にうまく説明できない感覚








あの人は~大学だからすごい


こんなことができるから好き


こんなこともできひんの私の勝ち


一生をそんな批判したり・自分の存在価値を他者と比較して高めたりしたくない


もう十分にやってきて苦しんだので・・・・



もうこれ以上他人の消費になりたくないし


もうこれ以上他人を消費したくない


マインド エネルギー をプラスにもっていきたい



最近は強く強く強く思う


moment happiness













木曜日


先生がフランスから帰ってきて初めての


お茶事


今回は着物を着ていく


あなたをとても誇りに思うと言われてめちゃ嬉しくなる



先生はいつも以上に元気でまた一段と


パワーアップしている


この日は


本当に内容の濃い一日なった


何が自然なのか??


First thought is the best.


何故勉強をするのか?


本当の心の奥底にある自信をどうすれば


みにつけられるのか??



そしてNow


の考え方


どうやってがんばらないで生きていくのか??


fearlessになれるのか?


いっぱい課題がある


その中で


気になったのは


何が自然なのか??


自然には美や調和がある


しかし


作られたものや嘘のあるものからは


美や調和は感じられない


禅語で


STONES IN THE AIR


とういうのがある


初め????って意味がわからなかった


空気の中に石??


いろんな意見を聞く中でわかってきたことは


この状態は自然ではないということ


石は地面にあるものだからである


そして


きれいな空間に問題や困難などネガティブなものを


自分で勝手に作っているという解釈もあった


本来そこには


何もないのに勝手に想像したり考えたりして


苦しくなったりしているんだとういうこと


だとしたら


エネルギーの使い方をプラスに変えることができる


かたくてどうにもならない石ではなく


磨けば宝石になるかもしれない


それは磨かなければならない



そこに忍耐も必要だし何より


JOY


する気持ちが大切だと感じた


以前に心が先にある


となんとなくわかってから


自然な気持ちで人に接するようになった


まだ正直ネガティブ魂の多い性格の人と話をする時は


苦手だが・・・・・・


そこにもちょっとしたJOYを見つけ


楽しみたいものである



moment happiness