水本爽涼 歳時記 -5ページ目
2025-04-06

怪奇ユーモア百選 62]チラつく星  <再掲>

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 そろそろ秋か…と田上は思った。日没が早まり、すでに空には星が瞬(またた)いている。半月ばかり前は昼の明るさだった。そう思えば、田上に日没の早まりをはっきりと感じさせるのだった。同じ時間に家を出ていつもジョギングで通る道だったから特にそう感じられるということもあった。
 田上が歩みを止めひと息ついたとき、夕空に輝き始めた星の一つが一瞬、輝いたように思えた。まあ、そういうことはよくあると田上は深く考えなかった。さてと…と、田上がふたたび歩み出したときだった。チカッ! とまた煌(きら)めいた。このとき田上は初めて、おやっ? と思った。偶然にしろ、動き始めた瞬間と同時に、それも二度ともチカッ! としたからだ。田上は止めた足を、また動かし始めた。すると、またチカッ! と瞬いた。そんな馬鹿な! と田上は自分の目を疑(うたが)ったが、その後も動けばその動きに合わせるかのようにチカッ! とくる。これは…と田上は巡った。UFOがコンタクトを? いや、そんなSFまがいなことは有り得ない。だとすれば…。田上は背筋が寒くなった。辺(あた)りも暗闇に閉ざされようとしていた。ジョギング相場ではないと判断した田上は家へ向け一目散に駆けだした。
 なんのことはない。チカッ! としたのは工事ビルの夜間照明灯だった。点(つ)けたり消したりしていたのは、田上の隣に住む鏡という男である。鉄骨現場で照明担当の鏡は田上がいつもこの道を通ることを知っていて、挨拶のつもりで合図を送っていたのだ。
「なんだよ…変な人だ」
 駆け出した田上を遠目で見下ろす鏡のひと言である。

                   完
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2025-04-05

甘辛(あまから)ユーモア短編集 (30)立ち位置

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 立ち位置が甘(あま)いか辛(から)いかによって、その人の人生が左右されるという。私は本当かいっ! と半信半疑だったが、強(あなが)ち間違っていないことに年老いて感じてしまったのだが、もうどうしようもない。^^
 とある高校である。朝から生徒に向けた進路指導が行われている。
「先生っ! 僕はT大を受験したいんですっ!」
「ははは…お前の目標は結構だが、立ち位置が高いっ! まあ、この成績だとA大だな…。いや、A大でも高いも知れんっ!」
「そんなっ! 立ち位置が高いって、僕は自信があるんですがねっ!」
「自信があるのは結構だが、現実は辛いからなぁ…」
「そこをなんとか甘くっ!!」
「俺に言ってどうするっ!」
「どうもすいません…」
「ははは…まあ、謝(あやま)ることもないがなっ!」
「ははは…」
「お前は笑うなっ!」
「どうも、すいません…」
 生徒は進路指導の教師にふたたび謝った。
「お前が後悔しないなら、それでいいが…」
「後悔しませんっ!」
「おっ! 言い切ったなっ、ははは…。よしっ! 今の立ち位置でやってみろっ!」
「はいっ!」
 そして翌年の春、生徒は見事、T大に合格したのである。
 立ち位置が辛く高いからといって、必ずしも実現しないということではないようだ。ただ、この考えは甘いかも知れない。

 ※ 考え方には個人差があります。^^

                   完
2025-04-04

怪奇ユーモア百選 61]老いらくの恋  <再掲>

テーマ:ブログ
 大崎は汗を拭(ふ)きながら、この日も公園の木影にあるいつものベンチで待っていた。雨の日も風の日も、そして雪の日も大崎は待ち続けた。大崎がこのベンチで待っている理由・・それは! それは、この話を聞けば分かるだろう。
 話は2年前に遡(さかのぼ)る。
 その日も蝉しぐれが喧(やかま)しい暑い昼前だった。女性と大崎は公園で偶然、ベンチに隣り合わせた。大崎にとってその女性は一面識もなかった。初め大崎は新しく近所に越してきた人か? と思った。それにしても妙だ。若い美人がこの日中、ベンチに座っている訳がない…と。どこか怪談めいていた。だが、女性は美人で若かった。老いた大崎は年甲斐もなくその女性に一目惚れをした。しばらく、沈黙が続いた。すると、その女性が大崎に声をかけてきた。その声は小声で弱く、大崎には不気味(ぶきみ)に聞こえた。
「あのう…」
「はい、なにか?」
「この辺りにピーマンの形(かたち)をした財布は落ちてなかったでしょうか?」
「はあ?」
 ピーマンの形をした財布? 大崎は唐突(とうとつ)な女性の言葉に面喰(めんく)らった。
「財布です…」
「さあ…。私も先ほど来たとこですから…。落ちていればお届けしましょう」
「そうですか…。どうも」
 女性はそのままベンチを立つと歩き去った。
「しまった!」
 大崎はその女性の連絡先を訊(たず)ねるのを忘れていた。すでに女性の姿はなく、時すでに遅(おそ)かった。
 翌日、ピーマンの形をした財布を大崎は拾(ひろ)った。財布は座っているベンチの下にあった。その日から大崎の公園で待つ日が始まった。財布を届けたい一心なのか、老いらくの恋で女性に会いたい一心なのか・・それは大崎本人に訊(き)いてみないと、私にも分からない。

                    完