水本爽涼 歳時記 -2142ページ目

秋の風景 第十三話 栗拾(ひろ)い 

       秋の風景       水本爽涼

 

 

 

    (第十三話) 栗拾(ひろ)い

野山も色づき、すっかり秋景色が板についたある日、僕はじいちゃんと栗ひろいに出かけた。この行事はキノコ採りと同じで恒例だから、とり分けて語ることでもないのだが、まあ語りたいと思う。
「正也、やってくれ!」
「うん!」
 なんのことだ? と思われる方も多いと思うので解説すると、じいちゃんが栗を拾(ひろ)い集め、僕はそのイガ栗を絶妙の足捌(さば)きで栗出しする役目を仰せつかったのだ。手では痛くて持てないイガ栗も、両足のコツで上手く剥(む)けるのである。
「そうそう、その調子!」
 じいちゃんは満足げに僕の足元を見たあと、また落ちて散らばっている栗を集め始めた。しばらくすると、師匠から、「それくらいで、よかろう…」とストップがかかった。剥かれた栗は容易(たやす)く袋に入った。そしてその夜、母さんによって三分の二ほどは栗ご飯に調理され、僕達の腹へと収納されたのである。ただ、愛奈(まな)だけは収納できず、離乳食と母さんの乳以外は駄目だったから気の毒に思えた。こんな美味いものを…と思いながら僕は乳育児ベッドを見た。愛奈と語り合いながら食べる日も、そう遠くないだろう。あの泣き加減からして、かなりの好敵手に育つことが予想されたが、半ば嬉(うれ)しい心配でもあった。
「なかなかのものです、未知子さん。今年も美味いですよ」
「そうですか、ほほほ…」
 ほほほ…は余計だろう、とは思えたが心に留(とど)めた。
「うん! 確かに…」
 父さんもじいちゃんに追随した。まあ父さんの場合は、追随しないことの方が奇跡なのだが…。栗のようにトゲを出せば、恐らくはじいちゃんによって火中へ放り込まれ、熱さのあまり弾(はじ)けてしまうぐらいのものだろう。そこへいくと愛奈栗は誰も皮を剥くことすら出来ず、自然放置の状態を維持している。タマとポチは剥かずに持ち帰った栗をボールに見立てて遊ぶ。優雅、この上ない。

                                               第十三話 完

秋の風景 第十二話 根性

 

 

 

       秋の風景       水本爽涼

 

 

 

    (第十二話) 根性


 今年もまた、じいちゃんと山へキノコ採りに行く季節が近づいてきた。
「あと十日ほど先だな…」
 じいちゃんはキノコが採れる頃合いが絶妙に分かるお人だ。僕の師匠だから当然と言えば当然だが、なんといっても長年の経験からの勘によるところが大のようだ。
「じいちゃん、キノコの根ってあるの?」
 僕は普段、疑問に思っていることを、つい口にしてしまった。
「キノコの根な…。いや、それは、ない。根に見えるが、あれは菌糸の塊(かたまり)だ。正也も習ったろうが…」
 あっ! そういや…と、僕は学校の授業を思い出した。すでに習っていたものを忘れていたのだ。頭はよいみたいだが、僕もその程度の粗忽者なのである。
 根といえば、じいちゃんの根性はすさまじいもので、大よそ、この世のことは、すべて自分でなんとか出来ると確信をお持ちの大人物なのである。そこへいくと、父さんは、じいちゃんの子であることが嘘のように持続力がなく、まるで根性というものがない。駄目だと分かると、すぐ根を上げて撤収する弱い小人物なのだ。しかし、そうも言ってられないのは、その小人物から僕が生産されたらしい…ということである。確率の高い嘆かわしい事実で、すぐにも消し去りたいが、そうはいかないのが人の世である。とりあえず、母さん似ということで得心することにした。で、その母さんは、じいちゃんといい勝負の根性の持ち主で、日々、根を上げずに家事や愛奈(まな)の育児に明け暮れておられる奇特なお人なのだ。じいちゃんは威厳めいた照かる丸禿(まるは)げ頭だから思わず合掌したくなるのに比べ、母さんの場合は、その有難さに手を合わせたくなる訳だ。父さんの場合は…程度で、意に介さない。空気のような存在とまでは言わないが、僕の家では、それに近いものがある。さて僕だが、丘本先生にも褒(ほ)められたのだが、何事も最後までやる子だそうだ。僕もそう思えるが、途中で棒を折るのが嫌いな性分だからだろう。決して根性がある、などと大仰にには言えないが、じいちゃんの万分の一ほどはある、と謙遜しておこう。愛奈は泣き通す根性をお持ちだ。このお方には誰も勝てない。タマとポチに根性は関係ない。彼等は根性などどこ吹く風で、日々のんびりと暮しておられる。

                             第十二話 完

秋の風景 第十一話 秋めく

       秋の風景       水本爽涼

    (第十一話) 秋めく


 ひょんなことで秋めくものだ。夏の熱気が、ある日を境にスゥ~っと去った。もちろん僕に断りもなく無言で去ったのだが、秋めく・・とは正(まさ)にこれ! と思える清々(すがすが)しさで、家族全員のテンションを向上させた。
「秋ですね…」
 父さんがじいちゃんに語りかけた。彼は恐る恐る言葉を選び、季節外れの落雷を未然に防ぐ手段を講じていた。
「そうだなあ…。いい気候になってきた。まあ、夏野菜の収穫は終わりだがな」
「ナスがありますよ」
「おお! そうだった。秋ナスがまだあったわい!」
 じいちゃんの顔が喜色満面となった。
「未知子には食べさせられないですが…」
「上手いこと言うな。秋ナスは嫁に食わすな、か…。まあしかし、未知子さんには食べてもらおう」
 二人は、ははは…と笑い合った。空に鰯雲が登場し、楚々とした風が爽やかに肌を撫でると、辺りは一斉に秋めく。黄金色(こがねいろ)に色づいた稲田の刈り入れも始まった。愛奈(まな)の機嫌も大層よく、母さんは大助かりだ。むずからないのは親孝行で結構なことである。僕も妹を見習わねばならない。買って欲しいものはあるが、じっと忍耐の子を続けようと思う。
「おい! 正也! こっちへ来い。美味いシュークリームを戴いたからな」
 離れから声がかかり、僕はじいちゃんに招待された。庭から足継ぎ石を踏んで上がると、珍しく父さんも来た。ほぼこれは奇跡に近い。父さんは普通、じいちゃんを避ける、としたものだったから、その常識は完璧に覆(くつがえ)された格好だ。これも秋めいたことによる一過性のものかも知れないけれど、ともかくお目出度いことのように僕には思えた。じいちゃんが淹(い)れた茶で三人がシュークリームを頬張る。三代の揃い踏みである。遠くでタマとポチが、あのお方達は先が読めないなあ…という視線で僕達を見ていた。

                               第十一話 完