サスペンスユーモア短編集 -86- 消えた謎(なぞ) <再掲> | 水本爽涼 歳時記

サスペンスユーモア短編集 -86- 消えた謎(なぞ) <再掲>

 刑事の平林は隣の住人のたっての頼みで、小さな盗難事件の捜査をしていた。ご近所づき合いもあり、断り切れなかった・・ということもある。
「ということは、そのときケトルの蓋(ふた)を開けられたんですね?」
「はい、私は台所でケトルの中を確認したんです」
「なるほど…。そのときは、あった訳ですか」
「はい! それははっきりと覚えております。いつものことですし、その日にかぎって入れなかった、ということは考えられませんから…」
「そうなんでしょうな、おそらく。私もその辺(あた)りのお話は信用できるんですがね。問題は入っていた卵の数です。最初は5個入れたとおっしゃっておられましたが、それは間違いないんでしょうな?」
「…だったと思います」
「だったと思います、ということは違ったかも知れない可能性もあるということですか?」
「いえ、おそらく5個入っていたと思います…」
「やはり、おそらくですか?」
「はい、たぶん…」
「5個入っていたとしてです。あなたが20分ほどしてキッチンへ戻(もど)ってこられ、ケトルの蓋を開けられたときは3個になっていたと…」
「はい…。茹(ゆ)で上がるまで19分か20分かかると心得ておりますから」
「ということは、ケトルにいつものように卵を5個入れ、水を注いでIHのスイッチを入れられたあとキッチンを離れられた訳ですね?」
「はい…」
「要するに、その20分ほどの間に何者かが2個の卵を持ち去った・・ということに他(ほか)なりません。科捜研の鑑定結果ではケトルに残された指紋はあなたのものだけ、ということです」
「はい…」
「ということは、つまり、犯人が手袋をして持ち去ったか、あなたの勘違い、あるいはご家族が食べられたという3通りが考えられます。他にご家族は?」
「私は一人暮らしです…」
「ああ、そうでしたね。あの、私も忙(いそ)しいんで、ひとまず署へ戻(もど)ります」
 平林はキッチンを去ろうとした。そのとき、2個の卵の殻(から)がチラリと見えた。
「あれは?」
「えっ? …あれは卵の殻です」
 平林は、ニタリと笑った。
「あなたが食べられた?」
「はい、私が食べました。でも、今日じゃないですよ!」
「本当ですか?」
 平林は、またニタリと笑い、外へと消えた。

               完